母方の祖父は、一言で言えば、謹厳実直な人だった・・・。

自分の祖父を褒めるのは、何だか手前味噌のようで片腹痛くも感じるけれども、本当にそんな人であったと思う。


母は祖母の連れ子で、その祖父とは血のつながりは無いけれども、亡くなられた祖父の前妻の孫や母の兄弟の子供、その数多い孫の中でも、祖父と一緒に暮らしていたのは、私だけで。小学校に上がるまでと大学時代に、私は祖父と一緒に暮らしていた。


その93年の生涯の中で、家の中では、いつも凜としていた。時に頑固で、静かな怒りを内に秘めながらも、耐える人で、時に明るく穏やかな笑顔で鼻歌交じりに、接してくれていた。自由奔放な祖母と母との間で、言葉を飲み込み、大人しく過ごす私の心のウチを感じ取ってくれていたのは、いつも祖父ではなかったのかと思う。


波瀾万丈に生きたその人生の中で、常に努力をする人で。その来歴を身内ではないような・・・人ごとのように振り返りながら、そんなコトを思う・・・。思えば、私の名前を命名してくれたのも、祖父だった。その名前を私は、ずっと好きにはなれず、その真意を二十歳になって祖父から聞き、私は自分の人生を思い直した・・・。


晩年は歴史書や歴史小説などを読み、静かな時を過ごしていた。学校とバイトに明け暮れて、家に帰る時間があまりなく、祖父と過ごす時間が少なかったコトを今さらながら、心が痛く感じられる時がある。後悔をしているという訳ではないけれども、失って気がつくとは、こういうことなのか。


寡黙でありながらも、感情深く優しく体も大きかったけれども、心も大きい人だった。その人柄なのか、仕事のせいなのか、祖父の家には多くの人が出入りをして、そんな多くの人たちに囲まれて私は育った。93歳で大往生だったのだろうか。ほとんど惚けることもなく、静かに息を引き取った・・・。


意志の在る人で、その志は叔父が継ぎ、私の中にも流れている・・・のであろうか。そんなコトを感じる時も、今さらながら増えてきた・・・。元から、歴史小説は好きなのだけれども、最近またはまりだして、読み始めている。時間も限られている中で、何かを探すかのように読みあさりたくなり、隙間時間をみつけては、読んでいます・・・。


最後に祖父は何を想っていたのだろう・・・。