仕事・・・、いや人生では、挫折というモノは付き物ではあります。
色々あったよなぁ・・・。私も。。。
穴があったら入りたくなるようなコトも多い・・・。
その時に、”!”と気がつけば良いモノを別の仕事をしていて、しかも・・・数年後になってから、”あ、あの時の仕事は、こういう意味ではなかったのか~!ひぇ~!恥ずかしい・・・。”と、忘れられない仕事もあったりして・・・。
今から10年前。
とある会社にお邪魔していた私は、”○○の価格を調べてくれる?”という部長の声に、すぐさま反応してすぐに調べて価格を提出しました。
その時は、成約には至らず、他の案件で取引をするコトになり、その関係は、数年間続きました。
が!その過程である5年前、別件の仕事をしている時に、ハッと気がつきました!
”同名の違う媒体の価格を提出していたってば、私!!”
まぁ、同名というモノもまた珍しいけれども、そのコトに気がつかないまま、何年間もその部長の元に通い続けている自分が恥ずかして仕方がなく・・・、しかも誰にも話せないし、今さら改めてこの部長にお話しするのも・・・、何だか気が引ける・・・。
他で成果を上げていたし、その頃には、ある程度の信頼関係の構築も出来ていたので、笑い話になるといえばなる・・・。けれども、あの時に少し疑問に感じた部長の表情を何故曖昧にしてしまったのだろうか・・・?その後、何の遠慮もなく、ズカズカと営業に言っていた厚顔さったら、ありゃしない・・・!
自ら穴を掘って冬眠でもしてみようかと思ったけれども、そのコトは誰にも言わずに、ただより一層その会社に対して、丁寧に接するように心がけました。結果としては、その後に他の幹部の方や社長様にお会いする機会なども頂いて幾つか大きな仕事も任せて頂いたりしたので、結果オーライなのか・・・?
今なら許されないようなコトであったかもしれない・・・。部長もあまりにも私が元気満々に価格を提出するし、その後も何の躊躇もなく、”その後、○○はどうなりましたか?”などと聞いていたのだから、部長も言えずにいたのだと思う・・・。”困ったなぁ・・・。”と困惑させたかも・・・。あぁ、今思い出しても、恥ずかしいったらありゃしない!
受験に失敗したとか、就職活動をしなかったとか、面接もたくさん落ちた・・・。この仕事に就いてからは、チャレンジの連続で、人知れず失敗や挫折を多くしてきた。時には、土下座をするコトもなきにしもあらず・・・。今でも忘れられないけれども・・・、三度しましたよ・・・。一度はお願いしますで、二度は謝罪。・・・悪いのは自分。
それでも、土下座した先では、何年もお付き合いさせて頂いて、失敗をした後でも、お取引の関係を切られることはなかった・・・。ありがたや~!担当者の方と電話をしている最中に、電話のガチャ切りをされたコト、商談中に怒鳴られたコト、涙をグッとこらえて拳を握りしめたコトも数え切れない・・・。
コンペに何回負けて、何回勝っただろうか?競合を蹴落とし、時には協業をして、販促会議で膝をつき合わせ、その他の取引会社の人とお客様と成功を祝う食事を何度しただろうか。見積りコンペで、最後まで追ったヤツが勝ちだ!と刑事のように客先で張り込み、競合が退席したのを見計らい、ドアをもう一度ノックする・・・。
なんて、泥臭いのだろう・・・?その仕事がどうしても欲しくて、その社長様とどうしても一緒に仕事がしたかった・・・。既存の会社が行なっている仕事に勝手に憤り、その社長に土下座をした・・・。”私ならもっといい仕事をします。どうか、私と一緒に仕事をして下さい!”どうしてあんな台詞を言えたのだろうか・・・?
私がやれば、必ず成功するという根拠などもないのに・・・。それでも、どうしても既存の営業パーソンが、仕事をなめているように感じられて許せなかった・・・。ただ、それだけで、企画云々だのスキルだの・・・そんな言葉も知っているようで知らなかったのか。使おうとも思わなかったのか・・・。
”客が増えないよ!”、”なんだこのデザインは!”、”てめー、どうゆうつもりなんだ!”と言われながらも、タックルあるのみ。成功する根拠はないけれども、成功させたい気持ちとそれなりの戦略などはあった。
もちろん企画書なども、今ほどは全然キレイに・・・上手く書けていないし、ロジックもメチャクチャ。それでも、120%の力のつもりで・・・。そんな企画書を平気で出したり、客先の販促会議でえらそうに話している自分を今思い出しても、顔が赤くなりそうだ・・・。
全てが全てという訳ではないけれども、客先の幾つかは、地域で最下位層にいたのに、半年、一年後には地域一番店になっていた・・・。スタッフの飲み会にも参加して、担当者の家にも何度も遊びに行った。社長様のご家族と一緒に食事をさせて頂いたり、中小企業ならではの深いお付き合い。心に浸みる・・・。
誰しもが挫折をしたい訳ではない。当時を思い出しても心が痛くなるような挫折も、成功を味わう高揚感も、心に浸みる出来事も・・・、その根底には、どうありたいかがあり、そこに邁進をしてきた行動と想いがあるのみ。失敗は誰しもがするモノ。しかし、そこから這い上がるには、相応の努力が必要となる・・・。
悪いのは自分でクライアントに伝え切れていない自分が悪いのだ、と何度もアタックし続けるその根拠は、この人と一緒に仕事をしたいであるとか、競合の仕事が納得出来ないとか、誰にも文句を言われる筋合いはないと自分を奮い立たせていただけの行動がそこにはあった。
今振り返れば、周囲を振り回し、呆れさせるような熱さや傍若無人ぶりも多くあったかと思う。・・・時に、その当時を知るお客様や協力会社の人と話をしていると、穴に入り込んでしまいたくなるコトも多い。”一生懸命だったんです!”と恥ずかしそうに言えば、笑い話にでもなる・・・。(でも、本人は本気で居場所がないのよ・・・。)
そこに掛けるパワーの数倍で、挫折は跳ね返ってくる。その挫折感を拭うには、またその数倍のパワーが必要。”くやしい!”と思えないことも、熱くなれないコトも、それほどまでにパワーを掛けなかったからこそ、挫折感もないのだ。悲劇のヒロインぶって、自己陶酔に浸っていればいい・・・。
格好良く処理しようだとか、プレゼンを決めようだとか、・・・そんなコトは、やった人間、成し遂げてきている人間にだけ許されている権利であるのかもしれない。(端から能力の高い人もいるでしょうが、残念ながら私はその類の人種ではない。)
実は、薄々気がついているコトもあったりする。要は自分なのだと・・・。しかし、失敗する自分が怖い・・・。
そんなモノにこだわっていて、自転車に乗れただろうか?泳ぐことが出来ただろうか・・・?そんな程度の話で、ただ息をして日々を暮らすのか?マイナスというコトはあとは上がるしかないのだ。