終電を逃した!! あなたならどうする? ブログネタ:終電を逃した!! あなたならどうする? 参加中


最近では、めっきり少なくなりましたが、20代の頃はよく仕事して、よく飲んで、それでも朝一番で会社に行って掃除して仕事に取り組んでいました。あの体力って言うのは、若さだけではないというか、自分で今思いだしても、充電式ではなかったのだろうか?(多分、家のベッドに仕掛けが・・・。爆)


でもまぁ、当時の私は、スポーツで言うところの”ゴールデンエイジ”だったのではないかと。


確か、ゴールデンエイジっていうのは、人間の発育段階において、愉しさを理解する時期、技術を理解する時期・・・などと、神経系の発達だとか、そんな理論に基づいた育成法だったかと思います。(気になる方は、正確な情報をググって下さいませ。)

私が、何となくの感覚で、このゴールデンエイジなるものを理解して、過去の自分を振り返ってみると・・・。26~29歳の3年間がそうだったとして、こんな感じでした。

仕事を始めて1年目は、ただ何も分からないままに、目の前のことを片付けていくような感覚で、仕事に体当たり。何でも分からないコトは、分かる人(私の場合は上司は宛にならなかったので、協力会社が多かった!)に電話しまくり、お客様にも突進。スポンジのように吸収して、ひたすら勉強してた・・・。

2年目、体当たり的な気合いは変わらないけれども、多少は1年目の経験を活かしながら、スキルを上げる方法を考えながら、走った時期。ちょうど、嫌な上司がいたので、その人を下克上してやる!が目の前の目標で、営業成績がメキメキ上がったのも、この時期。

3年目、仕上げに近いのかな?下克上のチャンスを伺いながら、そろそろ自分で決めた”入社して3年は、何があっても辞めない。歯を食いしばる。”のゴールを迎えるので、次のステージを模索し始めた頃。その会社に残って、下克上するか?他社に行くか(転社)?準備をしながらも、次のステップを模索。

2年目あたりから、歩合給もダントツで上がっていたので、月末月初に売上の調整を行なう余裕もあったりして、仕事のコントロールは、1年目と違って、自分で出来るようにはなっていたかな・・・。でも、やはり自分の発言権であるとか、パワー的なコトはなかったので、もう少し自由度を拡げたいとは思っていました。

なので、転社したら、また発言権を得るためのベースを作るのは面倒だな、転社はいつでも出来るからさー!と残って、下克上をすることにして、虎視眈々。TOPにも、昇進昇格する時には、”下克上あり?”なんて確認をしているもんですから、今考えれば、まだまだ生意気な盛りだったのでしょう。(笑)←あの頃を振り返ると、恥ずかしい!

売上が、仕事の全てと思っていましたし。もちろん、売上はスキルや成果を計る一つの手段だとは思うのですが、それだけで仕事とは言えませんし、人間社会であったり、会社という共同体で仕事をしているので、自分の判断、見方だけではなく、もう少し俯瞰したモノ・・・が必要かなと。

そういった面では、4年目からのマネジメントは、ゴールデンエイジほどの劇的な成長はなかったけれども、日々精進、自己研磨をコツコツと行なって、成長の階段があるとしたら、一つのステップの踊り場が長丁場になったような感覚でした。で、しばらく経って振り返って、”成長した?”みたいな。

で、終電を逃したらというお話。

ゴールデンエイジの最初の頃は、お金が常にない状態。そして、ご飯を食べるにもままならず、TOPに飲みにつれて行ってもらっては、帰りにタクシー代を渡されて、翌日にはおつりと御礼を・・・。そんな状態ですから、朝一番に行く訳です。(遅刻できないでしょう?人として。そうでなくても、行くけど・・・。義理も果たすし。)

・・・こんなことを書くと、メンバー達に拡大解釈されて、”私たちにもそうして下さいよ!”と言われたら、怖いのですが・・・。弁解するとしたら、当社の場合は、生活保障はしっかりしているはず?(当時の会社の給与は、額面で20万スタートですから。当社とは段違いです。)

私の場合は、飲み始めるスタート時間が遅いので、タクシー覚悟で飲み始めていることも多いですし、またそれを見込んだ上で、かつては職住接近で自宅を選んでいました。今は、練馬区なので、ちと遠い・・・。なので、新宿で飲むより、中野坂上だとか、高円寺で・・・と家に接近して飲むようにしています。(飲み屋住接近?笑)

あとは、一緒に飲む相手にもよりますでしょうか。朝までコースもあり、宿泊もあり(若い頃。今はない・・・。当時は派手に遊んでました、すみません・・・。)、タクシーで送って頂く紳士なお兄さん飲み友達であるとか・・・。あとは、よく分からないうちに、帰巣本能だけで、翌朝気がついたら、家だとか。(爆)