昨日から、新潟入り。父親と新幹線で新潟に向かい、新潟駅にて弟と合流。
弟の車で父親の生まれ育った『村』へと向かいました。
父親の育った村は、新潟から1時間くらいのところ。
祖父が亡くなり、農業を営むことが出来なくなり、祖母は新潟市の叔母の家に住んでいます。
5人兄弟が育った家も、数年前まで父親と長男である父の兄が交代で1年に2回屋根の雪降ろしをすることが負担になり、取り壊してしまい、今はもうない・・・。田畑は、本家に渡し、家族が食べるだけのお米だけを分けてもらっています。(農業は、本当に色々大変・・・。)
山の中腹にあるお寺に向かい、お墓参りをしました。このお墓にきたのは、実に10数年ぶり。生まれてすぐにその小さな命をなくした私の妹であり、弟の姉がそこには眠っています。
お盆に叔母たちが草むしりをした墓地も、30センチ近いワラビが生い茂り、草を掻き分けて、お墓に向かう。大きな木の切り株が、お墓の区画を示しているらしい。(かなりアバウト。)
そこらじゅうに、大きな木の切り株があるのですが、お墓のお供え物を猿が狙ってきて、墓石などを倒してしまうとか。その対策として、周辺の木を切ってしまったのだそうです。
新潟市で購入しておいたお線香や花などをお供えし、お墓参りを済ます。
そして、父親の実家の跡地へ。
こんな山奥なのでございます。
そういえば、幼い頃に父親の実家の鍵を掛けた・・・という話は聞いたことがない。。。
幼い頃に遊んだ農水路。
稲が黄金色に輝いておりました。
幼い頃に、私も遊びに行ったコトのある親戚の家へご挨拶。
農業の合間にゲートボール大会に忙しいという親戚のおばあさんは、黒光りするほどに日に焼けておりました。
どうやら、話を聞くと、今日は村の運動会だとか。それで、おばあさん以外の人は、全員出払っているとか。帰りに、中学の側を通ると、グランドで運動会が開かれておりました。
それにしても、高速だから信号はないのは当然なのですが、村にもほとんど信号はなく・・・。父親に聞くと、村に信号は2つしかないとのコト。
・・・でも、本当は信号は必要ないのかも?一説によると、信号というモノがありますよ、という教育の一環として、設置してあるらしい。(本当か?とも思うのですが、実際に通ってみると、信号の必要性にも疑問を感じたりして・・・。その話は、本当っぽく感じたりして。)
小さい頃の記憶しかなかったので、お墓までの山道は遠い・・・という記憶だったのですが、車で行ってみると、案外近かったです。・・・それだけ、成長したってコトなのね。。。