私は、今でこそ、随分とその機会も減りましたが、20代の頃は、お客様との食事やお酒を飲む時間というモノを結構大切にしてきました。
企業って、やはり体質なども様々ですし、同じ業界の会社であっても、経営者が違えば、規模も異なります。十人十色と言いますが、会社も人も、そんな感じで、同じ人でもその日の気分というモノがありますし、会社も時代の変化に合せて変わっていくモノ。
企業内のポジションも変わったりもするので、人事異動の前後で、決裁者であったり、キーマンが変わってしまうことも、よくあるコトだったりします。その接触する人、接触方法で、仕事の進み方、稟議の通り方なども変わってきたりします。
先日も、実は私も失敗をしてしまいまして、とある企業様に対して、企画書を出しながら、打ち合わせを進めていたモノのチームを組んでいるメンバーから、あるキーマンの存在を聞き漏らしており、タイミングの計り方と稟議の通り方を外してしまい、設計図がずれているストーリーを展開してしまいました。
提出している企画自体は、それほど外している訳ではなかったのですが、決裁者の了承を得るコトが出来ず、本来であれば、”攻め”の戦略でいくはずのモノを、”守り”の戦略へと向かわせてしまい、明らかにリードの失敗で、仲介に入っていた担当者には、非常に申し訳ないコトをしたと感じました。(リベンジ・リカバーはしますが・・・。)
そんな些細なミスを防ぐためにも、担当者や担当部署との関係を円滑に進めるためであったり、組織の内部事情を垣間見るためにも、クライアント先の飲み会に顔を出したり、担当者と食事をするコトで、オフレコの会話をするコトが、非常に役に立つことも多いのです。
ちなみに、女性を伴う飲食店に、私が同行したところで、相手の方もつまらないでしょうし、意味のない時間になりがちなので、いわゆる”接待っぽいモノ”はほとんど行ったことはありません。(それでも、お客様に連れられて、キャバクラやクラブなどには、顔を出すことは、しばしば。)
いかにも、日本人的な感覚なのかも知れませんが、コミュニケーションの一環でもありますし、人間関係の潤滑油でもあると思っています。好きか、嫌いかというとなかなか難しい境界線で、中にもしぶしぶ・・・というコトもあったりしましたし、自ら進んでお客様の飲食に参加させて頂いたコトもあったりしました。
クライアントであるコトは当然のコトで、世代やポジションの違う方との飲み会ですから、ちょっとした言葉遣いや気遣いなどにも、随分気を遣ったりして、精神的に疲れることもありますし、先日のエントリー にも書きましたが、無茶飲みというモノも結構やったりして・・・、体力がないと本当にしんどかったりします。
平日の半ばに、朝まで飲んで、そのまま仮眠を取って、朝から出勤などというコトは、ざらで・・・。20代の頃は、何故にあんなに体力があったのでしょうか・・・。今となっては、そこまでの体力もないコトに対して、少し淋しい気もしますが、様々なノックを受けるだけの気力・体力と持久力のあった自分なのだな・・・と認識したりして。(笑)
ニュートラルになる時間の持ち方、作り方も必要だったりします。いくら仕事が忙しくても、会社と家との往復だけでは、心が枯れてしまいます。常に柔軟でフラットな自分でいられるための”場”と”仲間”というモノは、非常に大切だなと思っています。
私の経験では、あまり同僚や先輩後輩と飲む時間というモノは、あまりなかったタイプでして、社会人になってからは、自分より少し上の世代から、親の世代、もしくはそれ以上の世代の方と接する機会であったりとか、全く業界の異なる方との時間も、非常に多くありました。
自らがいる場所は、自然に周りに在るモノで、そこから異なった場所に行くのも、必要だったりするのかもしれません。特に、先日のような自分一人では行かないような場所 で違った世界を観るというコトは、非常に有意義な時間なのだな・・・と、勉強になったりしたのでした。