・・・少し前のエントリー のつづき。


前に、歩合給偏重の営業系広告会社にいたコトがあるのですが、歩合給偏重だと、どうしても個人プレーになりがちで、それでも組織を形成している以上、”チームワーク”というモノも重要。


チームワークというコトに関して、私自身は、この10年ほど同じスタンスで平社員の頃から働いているのですが、同僚やメンバーとは、ちょっと違うのかな?というコトを感じた場面も何度かありました。


マネジメントをするようになってからは、”チームワークって何ですか?”と、メンバーから尋ねられるコトも多くありました。


人は一人で生きている訳ではありませんし、一人で何でもやっていると思うコトはあっても、やっぱり人は人に支えられていると思いますし、人間関係は共同体で、会社組織、家族、親子、兄弟・・・諸々の人間関係が、小さな共同体を作り、その集合体がまた共同体となる・・・と考えています。


やはり、私自身の中で、理想的な姿というのは、共依存ではなく、相互依存であること。


自立する・・・、大人になるコトって、与えられるコトから、与えるコトへの変化ではないのかと思っていて、それが、成長のバロメーターでもあったりします。


子供は、食べ物やら、お金やら、物質的なことから、愛情であったり、安心感など、目に見えないモノなども、与えると言うより、与えられるモノで。親は、子供に愛情を与えることで、逆に子からの愛情を感じるコトを得たりするのではないかと。


”愛されたいか。”、”愛したいか。”というコトでも、自立した大人というのは、愛するコトも知っているモノ。だからこそ、誰かに愛されるコトもあるのではないかと。そんな哲学的なコトを考えたりもします。


人の能力とは、キャリアでもなく、勤続年数でもなく・・・。しかし、自分の持つ少し上の能力を目指して行けなければ、成長はしませんし、自分の成長を自分で信じずに、誰が自己を信じるコトが出来るのか?人に信用してもらってから、自分を信じられるということではなく・・・。


思考のループは止まらないのですが、チームでいるのであれば、自分以外の誰かが動きやすいように、自分が動く・・・というものではないかと。サッカーで言えば、相手がゴールを決めやすいように、パスをしますし、パスを受けた人は、自分の技術を最大限発揮して、ゴールを決めようとするモノ。


パスが、ズレたとしても、パスを出された人やチームメンバーは、ゴールを決めるために、フォローをしていくモノですし、パスを出した人、パスを受ける人だけではなく、他のチームメンバーも、何もしていない訳ではないのです。


例え、ボールから距離的に離れていても、ゴールを決めるために、各々のポジションとしての役目を果たすために最大限努力をします。


100の力を持っているのに、80しか使わない、使えない時もあるとは思いますが、やはり、ここぞという時には、100以上の力を発揮しようと思いますし、普段から、100以上の力を発揮できるように、常に105とか、110を目指して、努力していると思うのです。