走り回るなら砂浜?草原? ブログネタ:走り回るなら砂浜?草原? 参加中

そして、また前回のエントリー の続きです。

26歳でサービス業から、広告業への転職を行ったときに、決めていたことは、”もう、何かの言い訳をして、自分のやりたいコトから、逃げない。”というコト。

転職活動の中で、”美容師とか、料理人とか、コレ!というやりたいコトがある人はいいよなぁ~!”と、人を羨んでいる自分がいたコトに気が付きました。

自分のやりたいコトが分からない、見つからない、・・・そういうコトではない。

本当は、”あれ食べたい。”、”コレやってみたい。”と、常にそういった欲求はあったというのに、その度に、”お金がない。”、”時間がない。”、”やったところで?何?”などと、”やらなくても、良い理由”をいつでも探しては、”自分を諦めている。”自分に気が付いたのです。

いちいち、理由を付けては、逃げているから、何も得ることの出来ない自分でした。
自転車に乗るときだって、泳ぐときだって、不安や恐怖はありながらも、”まず、やってみよう。”、”自転車に乗りたい!”・・・そんな純粋な気持ちだけだったはずなのに。

くだらない・・・。
そして、時間がもったいない・・・。
なんて、時間を浪費し、消耗し、そして何も得ようとしない自分がいるのだろう・・・、と感じました。

そんな自分を認めるコトって、当時の私には、とてつもなくくやしく感じましたし、”認めたくない”という自分の気持ちもありました。遠回りをする・・・そんな生き方をしている自分は、また”自分らしい。”とも思っていました。

しかし、今は思います。それは、とんでもない勘違いでした。

”逃げない。”と一度決めた私は、クライアントに怒られたり、”分からない。どうする?あ、その人に電話してみる?”などと、恥ずかしいとか、そんなくだらないプライドは捨てて、分からないコトは調べて、そして行動するようにしてみました。

それまで、完璧じゃないと進めないと思っていたコトも、”ま、いいや。やってみよう。”と。

ただ漠然と生きているだけでは、得られない、くやしさも、嬉しさも、発見も、ありました。
それは、”感動”の連続でした。

幸い、私は、クライアントや周囲の協力会社の人たちに恵まれていて、分からないコトを解決したいと思うと、何かのきっかけが、自ずと寄ってくるような感じで、時間を掛けながらも、色々なコトが得られるようになってきました。

社会、会社、組織という枠組みはありながらも、その草原の中を自由に走り回っている犬のような私。
当時を振り返ると、そんな感じで。
次第に広くなっていく草原を今は、走り回っているような感覚です。

”自分の価値は、何なのだろうか?”と、自己へ焦点を当てていた私も、自分が多くの人に生かされているのだと、薄ぼんやりと気が付いたのも、数年前のことでした。