ブログネタ:ちょっといい話教えて
参加中プロフィールにも書いてありますが、私は、学生時代のバイトから、そのまま社員となり、都内某所のパチンコ店に社員として働いていました。当時の私は、若くて血気盛んで、仕事にも熱心でした。当時のマネージャーと仕事に対するコトで、一度ケンカをして、その企業を飛び出して、短期採用で、2社でも働いたこともあったりします。
しかし、買い物に行っている時に、偶然、その会社の常務に見つかってしまい、再びその会社に戻ることとなり、その企業では、トータルで4年間お世話になりました。そこでは、ホール業務に始り、景品カウンター業務、景品・会員管理、倉庫の在庫管理から発注業務、女性スタッフのマネジメント、マニュアル作成なども行いました。
そこの企業で、そこまで深く業務に入り込むコトが出来たのは、一人の上司の存在がありました。
私が勤務していた店舗ではなく、系列店所属の営業部長は、当時のスタッフからは、尊敬のまなざしでみられていました。私も、その一人で、分からない数値管理のコトでも、時折本社に来る部長に聞けば、何でも解決しましたし、一言で言えば、”カッコイイ~!”と。(笑)
おそらく、その部長の存在がなければ、私も、周囲の仲間も、とっくの昔にその会社を辞めていたかもしれません。(最後の1年間は、給与遅延もしていた会社でしたし。。。)
私は、働いて2年目の頃に、大きな失敗をしました。そこで、退社するか、否かという時に、初めてその部長と一対一で話すことになりました。当時は、高嶺の花のような部長と、話すきっかけは、私の大失敗・・・。何ともやりきれない気持ちでした。
私も、何を思ったのか、”どうしたいのか?”と部長に言われた時に、思わず、”この会社に残って、失敗を挽回したいので、チャンスを下さい!”と、一体自分に何が出来るのか分からないと言うのに、そんなコトを部長に伝えたのでした。
失敗の責任の取り方としては、系列店への異動でした。その部長の直結のお店で、勤務して、ミッションを果たせというコトでした。週明けから、私は系列店へ異動して、そのミッションに取り組むコトにしました。系列店とは言え、マネージャーが違えば、店舗運営の方法も異なり、そのミッションのコトを知らないマネージャーは、私をいぶかしげに見つめていました。
たまに、事務所で会う部長に簡単な途中報告をして、私一人では厳しいので、もう一人のサポートメンバーをその系列店へ呼んでもらうことにしました。半年も経つと、そのミッションも何とかやり遂げた感があり、最初はギクシャクしていたマネージャとも、交流が出来るようになっていました。
そのうちに、とある事業展開の変更で、その部長は、私たちの前から姿を消してしまいました。そして、事業はさらに悪化して、給与遅延まで至り、今では、その企業の存在は、ほぼないと言って良いかと思います。そして、私も広告業界へと転職をして、その会社では、何をやっても良いというコトでしたので、前職の経験を生かして、パチンコ広告事業部を作ることになったのでした。
転職をしてすぐに、私は、その部長に連絡をして、転職の報告をしました。その企業には、以前の会社に働いていて、先に退社した数名がいました。始めたばかりの仕事で、勝手も分からない私に、”こんなコトも知らないのか?出直して来い!”とピシャリと部長は言いました。そこから、1年近く私は、部長にコンタクトは取りませんでした。
そして、部長にはコンタクトを取らずに、私は、その企業の本社に直接アプローチをするコトにしました。癒着を疑われても嫌なので、私は、部長のコトを一切言わずに、3年間契約を頂かなくても、その企業にせっせと足を運びました。そして、あるチャンスが訪れます。
競合コンペの開催。
私は、迷わずそのコンペへの参加に手を挙げました。一次コンペを何とかクリアして、二次コンペで、私たちは、敗北をしてしまいました。
今思い出しても、非常に悔しい出来事で、でも・・・その理由は、私の頑張り方が、中途半端だったからだと思います。本気で取り組んで敗退であれば良いモノの・・・、どこか私には、本気さが欠けていたのではないか?・・・・・今でも私は・・・、そう思います。
そして、その半年後にまたコンペのチャンスがやってきました。
実は、その頃には、その部長は、その会社にいない・・・という話でした。最初は、名前の書いてあった受付の内線表にも、いつの間にか、部長の名前はなく、私は、噂は本当だったのだな・・・と何となく愕然としていたのでした。
最初のコンペで、中途半端にしてしまったのも、最初は、部長に”私の成長した姿を見てもらいたい”という想いがあったのに、いつの間にかいなくなってしまっていて、ちょっと腐っていたのだと思います。けれども、前回のコンペに落ちた時に、デザイナーとか周囲のメンバーに申し訳ないと思っていたのでした。
リベンジは、しっかりやろうと心に決めて、私は、コンペへと挑みました。
前回のコンペでは、私の幼さ故に、ただ部長に見せたいと言う気持ちでしたが、今度は、自分の闘いでもありました。コンペ前に社内で、何度も何度もデザイナーにやり直しをさせたり、キツイ言葉を言ったり、真剣に取り組みました。
一次コンペも通過して、二次コンペに挑む時にも、気を抜きませんでした。その切迫した雰囲気は、その企業の担当者にも伝わっていたコトかと思います。当時を振り返っても思うのです。どんなにクリエイティブが良くても、最終的には、人の力が後押しをするコトがあって、2回目のコンペでは、私たちの会社の想いが、その企業に伝わったのではないかと思っています。
結果として、そのコンペを勝ち取るコトが出来ました。今思い出しても、言いようのない嬉しさがこみ上げてきました
それまでのコンペの席では、常務や専務など、重役の方も列席されていましたが、コンペ結果の返答を聞く時には、担当者と二人だけでしたので、私は、落選したのだと思いながら、話を聞いていました。
ですから、勝利の結果を聞いて・・・、私はとても驚いて、”この機会だから良いか・・・。”と、実はこの企業にアプローチしてきたのは、自分がお世話になった上司がいたからで、私は、元々パチンコ業界で働いていました・・・、と伝えました。すると、”○○部長、呼んでこようか?”と・・・。”え?○○部長は退社したのではないのですか?”。。。
退社したと思っていた部長は、またその企業に戻ってきていたのでした。
会議室でしばらく待っていると、ガチャッとドアを開けて、部長が入ってきました。暗めの会議室に、扉を開けた瞬間に光が差し込み、思わず、部長が、キラキラして見えました。(今考えても、変な話ですけど、本当にそう見えました・笑)
仕事で泣くことはない私ですが、今にも泣きそうな感じでした。
最初に部長に厳しいことを言われて、必死に色んなコトを調べて、ようやく”とりあえずの”一人前の営業パーソンになって、報告をして。。。。。
それから、部長には、一切の連絡を取らずに、3年間、契約も頂けない中、その企業に通い続けて来た、せっかくのコンペのチャンスを棒に振り・・・、その部長も気がついたら、退社したと思っていたところへの2回目のコンペのチャンス。
そして、ようやくコンペの勝利を手にして、嬉しさがこみ上げてきたと思っていたら、退社していると思っていた部長が、目の前に颯爽と現れたのです。広告業界に入って4年目。ようやく大きな仕事を手にした瞬間でもありました。
部長は、一言だけ、”頑張ったな!”と言って去っていきました。
その後、その企業は、私の営業人生の中で、一番の売上高となる企業となりました。3年間のお付き合いを経て、一時休止となり、その後は、私が起業するというコトになり、最初の転職の時と同じように、私は部長の下へ起業の報告をしに行きました。
未だ、その企業との取引は、まだありませんが、いずれまた取引が出来るように・・・と、秘かに企んでおります・・・。(笑)
あの時ほどの悦びは、もう二度と味わえないかも知れないけれど・・・。