”手段と目的を混同している”


時折、このような問題を、話し合うことがあります。

先日も、とある人と飲みながら、この話に。


ちなみに、”goo辞書 ”で調べると・・・


手段・・・目的を遂げるのに必要な方法。


目的・・・実現しよう、到達しようとして目指す事柄。


仕事をしていると、手段と目的が逆転してしまうことがあります。


例えば、会議をすることは手段で、結論も出ることもなく、会議の目的すらも見失ってしまい、会議に費やす時間だけで、仕事をしている気になってしまったり。


企画書を作成することは、手段であるのに、プレゼンテーションの場もなく、企画書を作成することが目的になってしまったり。


混乱して、当初の目的を見失ったり。また、最初から、目的の確認をしないと、スタートの時点で仕事の設計図が、ズレている場合も・・・。


私は、目標達成プロジェクトシートを元に、メンバーとmtgをすることがありますが、例えば、シートを埋めることやシートをチェックすることが、目的となってしまうと、大切なことを見失ってしまいます。


また、mtgをすることも、目的でもありません。メンバーと意思疎通が出来たとか、プロセスを把握できたとか、そんな自己満足的なことには、意味がありません。


そこに、結果が生じるか?

あくまでも、プロセスには、設定した目的のゴールがあり、そのゴールイメージを描くことが出来るか、否か?そのための手段であったりもするのです。


やはり、そこには、スタート時点の”目標設定”、”目的の確認”、”目的を達成させるための障壁の確認”、”プロセスである課題解決方法”、”プロセスからのゴールイメージ”、そしてそのための”仮説検証”。


その仮説検証は、逆の角度からも、また違う角度からも検証しなければならず、ストーリーも重要です。


ただ、美しいロジックを描くことが、重要なのだろうか?


私は、そうは思いません。美しいロジックも、やはり”手段”でしかないと思うのです。

ストーリーを描くには、論理的思考も大切ですが、”ハート”、”熱い気持ち”、”想い”も、私は、重要だと思うのです。


例え、思い込みであっても、人が人に動かされる時には、ハートがあるか、否かによる部分が大きいと思うのです。


手段と目的を意識することも大切ですが、この”熱い気持ち”というのも、私は大切だと思っています。