【ショウセツ】A peach <3> | 愛想無しガール+ひねくれボーイ xxxI thought nothing and he neglect xxx

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みっじかーい小説やらポエムやらネコ噺を並べてます。
コンセプト、思いつき。
虚構と事実のあいだを行ったり来たりしてる話が殆んど。
苦笑いの練習にでもご活用ください。楽しんでもらえたら、棚ぼたです。

「あの」
 2人の声が重なった。

「どうぞ」

「あなたのお名前は」

 言うべきか言わざるべきか迷いの最中、ずっと凝視されていた。

「葵」

「あおい」

 復唱されただけで心臓がたじろいだ。元々口角が上がっているせいか円らな瞳と相まって純粋な男子に思えてきた。疑心と観察の間に思わぬ見つめ合いの時間が流れてしまった。

「あおいさん、今度はあおいさん、どうぞ」

 でも1度頑なに防御した心の門番は姿勢を崩せなかった。

「1人で帰れますよね」

「自信はありません」

「じゃタクシー呼びますね」

「持ち合わせがありません」

「お金は出すんで。ちょっと待ってて下さい。あとそこ動かないで下さいね」

 ベッドの脇に放置していたバッグからガマ口財布を探った。開けた中には折り畳んだ色の違う紙幣が2枚に硬貨といつぞやのレシートがそれぞれ数枚。昨日の買い物は必要だったと言い聞かせ、給料日までの過ごし方に頭を巡らせる。腹を決め、紙幣を1枚摘まんだ。
 玄関へ行くと、顔がない。いや、ライトは扉に向かって立っていた。

「あ、あの」

「そちらを向いてもいいですか?」

「どうぞ」

 対面すると常に目をしっかり見てくる。親の躾に賛辞を述べたいけど、私には歩き煙草と同格の迷惑行為だ。

「これでどうにかなると思うんで」

 なけなしのお金をライトの胸に突きつけて、すぐに距離を取った。ライトは受け取ったしわくちゃの紙をじっと眺めると、私を見上げた。

「家の鍵、ないです」

「嘘でしょ」

「家の鍵を持っているのは博士だけです。セキュリティ強化のため、出入りはその都度博士の許可が必要でした。今現在、博士が自宅に不在という状況なので、その間はどこか厳重な場所で鍵を保管しているはずです。手に入れることは不可能です」

 目の前から選択肢が順番に消えていく音がした。

「本当に鍵を持っていません。宜しければ身体検査をして下さい。荷物もご覧に」

「結構です」

 その後の言葉に詰まってしまった。石に躓くと転ぶのは自然の摂理だ。

「あたし、人が嫌いなんです。極力1人でいたいんです」

 後悔の念が体にじんわり伝っていく。感情が高ぶると起きる言葉足らずのぶちまけは相手を引かせるには十分だろう。
 私は昔から感情を表に出すことが苦手だ。物心ついた時からそうだった。かなりの話し下手だった幼少期、自分の感覚を伝えた瞬間の相手の反応がトラウマになったのかもしれない。それでも、私の、きっと纏まりのない話に耳を傾け、面白がってくれる人がたまに出現した。その人達には心を開いていった。
 だから人は嫌いだけど、全員がではない。居場所をくれる人、そして優しい人は好きだ。
 ライトという人間は引きもしなければ、譲りもしなかった。

「分かりました。では、誓約書を書かせて下さい」

「誓約書?」

「あおいさんを傷つけることは致しません、何かあれば遠慮なく通報して下さい、という内容です」

 ライトはリュックから青い紙とペンを取り出すと、扉に青い紙を当て、さらさらっと書き上げた。渡された紙を確認してみると、字を習いたての子供かと指摘したくなるような下手さだった。その文面越しに見える真剣な表情に自然と口元が弛んだ。

「お願いします」

 そう言うと、ライトは丁寧に頭を下げた。私はライトを見ながら脳内で突き返す台詞を揃えようとしているにも関わらず、心に占める感情のおそらく1%にも満たない何かが邪魔をし、考えることが面倒になってきた。
 今思えば、とりわけ可笑しくもないライトの旋毛に目を回されてしまったのかもしれない。もはや言い訳だ。

「母親が、うちの母親が帰ってくるまでですからね」

 早口でボソボソ独り言を話すが如く私は告げた。その言葉を聴き取ったライトは頭を上げ、満面の笑みを見せた。

「ありがとうございます」

 私は眩しいモノから目を逸らしてしまう。それなのに、ライトは近寄り、私の顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。

「それでは、これは大切に使って下さい」

 ライトは私にしわくちゃの紙を返してきた。狡い笑顔だ。
 君なら、他に世話をしてくれる人にすぐ巡り逢えそうだ。むしろ、世話を買って出る人すら現れそうだ。

「あおいさん、これから宜しくお願いします」

 胸が小さくズキッとし、蠢いた。これで4度目だ。瞬く間に出会って終わると信じていたから吐いた嘘。
 ライト、ごめん。ありがとう。