【小説】コラージュ・ライフ#2 | 愛想無しガール+ひねくれボーイ xxxI thought nothing and he neglect xxx

愛想無しガール+ひねくれボーイ xxxI thought nothing and he neglect xxx

みっじかーい小説やらポエムやらネコ噺を並べてます。
コンセプト、思いつき。
虚構と事実のあいだを行ったり来たりしてる話が殆んど。
苦笑いの練習にでもご活用ください。楽しんでもらえたら、棚ぼたです。

 たった半年なのに、感動さえ憶える再会だ。
 ただこの人は弱った人間の首根っこを掴まえて引き摺った。仕事も放棄させられ、裏口はどんどん離れていく。ポリバケツの蓋は中途半端に開いたままだった。
 廃墟のビルの角を曲がったところで、突然抱きしめられた。俺が背中に手を回そうとした瞬間、唇を奪ってきた。舌で口腔内の天井を擽ってくる。数分間の交わりが終わると、軽く微笑んで身体の重心を横に移そうとした。
「ちょっと待て」
 ふわりと消えてしまいそうな予感がして、女の腕を掴んだ。
「もう少し一緒にいてよ。いいだろ。アンタが頭から離れねえんだ」
 全く此方を見ようとしない。
「せめて、な、名前」
 予想を裏切る答えだった。女では珍しい名前だなと思って眉をひそめちまった。まさか苗字を言うとはな。
>>>>>キスマークキスマークキスマーク
「泣ける場所があるのは、幸せなことなのよ」
「あんたにはあんのか?」
「許してくれるなら、此処で泣くけど」
「俺、受け止める度量持ち合わせてねぇよ」
「やっぱりお子ちゃま」
微かに綻ぶ口許が艶やかなんだよなぁ。また触れたくなる。
 今頃店は重苦しい雰囲気かもな。以前がそうだったから。多種の輩の溜まり場でもあるから、時間によっては擦り傷程度じゃ済まない。未だになぜクビにならなかったのか不思議でならない。でも今回も仕事より大なりのモノを選んだ。
「チンピラ君は女いるの?」
「いねぇ」
「いい体しているのに」
 関係ないだろう。体と女は。
「あんた男いないだろ」
「いない」
「だろうな。気遣いもへったくれもないもんな」
「そうかもしれない」
 他人事のように指をひと舐めして答えた。
「やっぱり塩がいいな」
 ポテトチップスまでも鬱陶しく思えてくる。聴いているのか人の話を、と怒鳴りたくなるような態度が、きっとこの人なんだ。
 俺は腰を上げた。
「どこ行くの?」
 振り返った先には不安な顔があった。情緒不安定な人だ。
「水飲むだけだよ」
 冷蔵庫に向かう俺の背中は何か突き刺さっている感覚があった。出て行かないから心配するなって。ペットボトルに口をつけた。
「寂しい時どうしてる?」
「酒かな、酒飲んで寝る」
「強いの?」
「まあ、人並みに。あんたはどうしてんだ?寂しくなった時」
「無性に人肌に触れたくなるのよね」と、此方を向いた。
「じゃ今日も」と呟いた。
 否定しなかった。
「安心するの、人の体温感じると。結局は求めてる感覚と違うから、虚しくなる」
 忘れられない男でもいるのか遠い目をしている。その表情が悔しさや焦りといった感情を煽ってきて、俺は思いきり背後から抱きしめた。
「でもチンピラ君は求めてた感覚だった」
 そう言って、俺の心を躍らせた。
 突き上げると喘ぐ貴女に優越感を覚えながら、何処か操縦されている感も否めない。この人は何となく何となく座位が好きな気がした。細い腕に包まれて、俺は首筋に唇を這わせた。悶える貴女から言葉が零れた。
「岳…」
 名前か、俺のではない。貴女は気まずい顔ひとつ見せず、むしろ幸せそうに見つめている。貴女が感じれば感じる程に俺の背中は疼く。痛いというごく小さな呻きを洩らしてしまった。
 目の前の動作が停止した。獲物を狙う眼光が突きつけられる中、ゆっくりと視界の上部から現れた菅さんの手元に目がいった。爪だけでなく、手までもが紅く染まっている。背中に強い痺れを感じて、手をうしろに回しながら、俺らを囲む鏡に視線を移した。その中には薇仕掛けの人形になり変わった俺がいた。痛みが増して、頭や心臓にもそれが転移していくようだ。
 ピーと耳鳴りが全身に響いた。心電図が一直線になる映像が不意に浮かんだ。
>>>>>キスマークキスマークキスマークキスマーク
「記憶戻ったかな。わかるかな。大丈夫?」
 独り言のような呟きが微かに聞こえてきた。見慣れた小汚い天井から垂れ目になった河豚顔が視界を支配した。
 状況が飲み込めない。
「大丈夫?大丈夫じゃない?大丈夫?どうしよう、どうしたらいいんだろ、大丈夫?…」
 語尾の上がりが気になる。彷徨(ウロツ)くな、たじろぐな。
「蔵、なんで」
「えっわかるの、よかった」 頬の肉がはち切れんばかりに喜んでいる。まだ頭に痛みを感じるが、体を起こした。
「お店の裏口で倒れてるって聞いたから、急いで行ったんだよ」
「お前が」
「う、うん」と下を向いた。照れているのか?それよりも…。
「店ってウチの」
 蔵は顔を上げて頷いた。
「んなわけねぇじゃん。ちょっと派手な女がいた、だろ」
「いないよ。また夢でも見てたの?よく登場するなあ」
「夢?こんなに感触が残っているのに。夢なら散々見てきたっつうの。俺がガキにもなってなかったし、無茶苦茶な場面転換も異星人も出てこなかった。あんな現実的すぎる夢あるわけない」
「そんなにいいとこで覚ましちゃったんだね。ごめんね」
 蔵は肩を叩いて宥めてきた。口の尖りが一時的に消えて、大人の口振りだ。俺は一気に喋ったせいか目が眩んで、また横たわった。
 大きな体の小さな黒目が上部に移動して、今度は口が開いた。間抜けな顔だな。そのまま蔵は視界から消えて、素早く戻ってきた。
「じゃこれを飲まなきゃだね」
 俺の上体を起こすと、カプセルを口に含ませた。
「髪を乾かさないからだよ。お薬飲んで、安静にしたら記憶も安定するんじゃない?」
「水分、水分」
 その辺に置かれていたであろうオレンジジュースが1㍑入ったペットボトルを口にくわえさせられた。勢いよく食道に流れ込んでくるが、首や服にも垂れていく。
「お前は馬鹿か。殺す気か」
「そんなつもり全然ないよ。これ以上傷つけたくないもん。親友だもん―」
 そんな泣きそうな言い方するな。
「悪かったって。ティッシュかタオル取って。あぁいいや、着替えるわ」
 蔵はすぐさま笑顔に戻った。その背景に焦点を合わせると、呆然としてしまう。たった半日で部屋が爪先立ちで移動しなければならなくなっている。趣味に没頭していたに違いない。多趣味な奴だ。此方が肝を冷やす物はやめて欲しい。見渡して確認できるだけで、紙類、布、段ボール、フィルム、スティック糊が散乱している。パピエ・コレとやらの作品集を手本に絵に物を貼り付けていたのだろう。芸術はわからない。
 俺は洗濯機に衣類を入れた。
「ちょっとは片付けろよ。なぁ、俺倒れて、先輩達、何か言ってた?」
 洗面で顔を洗い、口を濯いだ。
「えーっと、なめとる、って」
 返事をもらった時、俺は鏡に映った自分の背中を見つめていた。倒れた人間になめとるかぁ。もしそうなら、その言い回しをする人は確かあの時間には不在だったはずだ。
「まだ裸だったの?早く服着なきゃ」
 戻りが遅いのを気にして、蔵は洗面所に顔を覗かせた。
「蔵、お前さ、俺が一緒にいたって言ってる女が、俺の夢によく出てくる女と同じってなんで分かったの?」
 背中の爪痕が不審に拍車をかけた。
 只でさえちっこい目をより奥に押し入れるつもりで凝視した。
「熱に魘されながらね、やっと会えたとか、もっと一緒にいたいとか譫言のように言ってるんだもん。大好きな人の事は、嫌でも判るよ。心配で心配で堪らなくて看病してる僕は何なのって、嫉妬しちゃった」
 両手の人差し指を互いにツンツン当てながらいじけている。時折にやける奴だ。きっと女児が成人男性の着ぐるみに入っているのだろう。
「ごめん、ありがと、分かったから、体をクネクネさせるな」
 呆れて笑いが出た。
「よかった。回復したみたいだね。そうだ赤鬼みたいな顔の人が、治るまで来るなって。よく分からん病原菌を自分を介してうちのガキに移したくないからって。はい、伝言でした」
 厳さんだろうな。そういえばあの人、見た目によらず親バカだった。言われた通り休もうか、ホスト擬きのウェイターなら幾らでも代わりはいるだろうし、荒れた酒場から少しは解放されたい。結局、俺はリアルな夢を見ていただけだったのかぁ。背中に付いた傷痕を指でなぞりながら、ほけっとしていた。
「近くに猫ちゃんいたから引っ掻かれた痕かもね」
と、蔵に優しい笑顔でTシャツを頭から被された。
「お前は母親か」
 Tシャツから顔を出すと、蔵の姿はなかった。着替えを済ませて、洗面所を出ると、丸い背中が散らかった部屋の中心で小刻みに動いている。
「ゴミ屋敷ってこうやって造られていくんだろうな」
「ゴミじゃないよ、全部使うやつ。ちゃんと作品の一部になるんだから」
「この目覚まし時計はさすがに使い所ねえだろ。針ないし、所々数字欠けてるし、拾ってきた意味が分からない」
「捨てられていたものを拾って何がいけないの。ガラクタだって修理すれば立派なものに変わるんだよ」
「そんな力説しなくていいから、足をバンバン叩くな。埃が舞う」
 いろいろと探して放って戻さずにいるから、新たな埃溜めになるだけだ。蔵に作品に使うか否かを確認しながら、俺は片付けを始めた。その中に学校のアルバムが数冊紛れていた。俺と蔵は高校の同級生らしいが、その頃は接点がなかったようだ。未だに出会った時の思い出が曖昧で、毎回蔵に尋ねてしまう記憶力の悪さだ。それでもいつの間にか仲良くなっていた。蔵が細かい作業をしている隙にチラッとアルバムを覗いてみた。あらゆる角度から捉えた校舎の写真がいっぱいだ。アルバムって懐かしさの代名詞のはずなのに新鮮に感じる。きっと学校が嫌いで振り返りたい出来事も特になかったからかもしれない。ただ、今はほんの少し興味がある。次のページに手をかけると、視線を感じた。
「やけに静かだから」
 指紋を着けて欲しくないという理由で取り上げられてしまった。意外と神経質なんだな。
「はいはい病人だけど、片付け再開しますね」
 嫌みを言ったら、子守唄を唄いながら布団の中へ誘導された。
>>>>>キスマークキスマークキスマークキスマークキスマーク
 僕が本当に河豚なら高値で取引されると思う。恵まれた環境で飼育されたからね。体型から分かるでしょ。だけど、運動音痴に人見知りに見た目の悪さが災いして、誰にも受け入れてもらえなかったんだ。
「友達は自分から作っていくものだ」
 大人にはこう促されたけど、相手に固辞されたら為す術なしだよ。授業中グループやペアを組む時はいつも余り者。僕を押しつけられるクラスメイトは常日頃よりも笑顔がひきつる傾向にあるんだ。僕にとって学校は寂しさを学ぶ場所だったから、よく早退していた。
 家で好きな事をして過ごす日々はとても快適だったけど、ネットやテレビで友人同士の仲睦まじいやりとりを目にすると何とも羨ましかった。愛のある罵声なら、幾らでも浴びてみたいと思ったもん。その想いが一層強くなったのは、ママが病気で死んだ事がきっかけなんだ。友達が増えない僕にとって心を開ける人は減る一方だから、だんだん寂しさが募っていったの。
 その頃だった、君を見つけたのは。僕は暗い所に隠っていたからか急に太陽の下で大の字になりたい衝動に駆られたの。それで小さい頃、ママと散歩した河川敷にシートを持って出かけたんだ。
 夕暮れ近くで人気はなかったから、周囲を気にせず寝転がっていた。そしたら話し声が微かに聞こえてきたから、急いでその場を去ろうとした。でも被っていた帽子が風に飛ばされてしまった。見つからないように帽子を拾いに行くと、聞こえてくる話し声は自然と大きくなっていく。
 隠れて耳をそばだてるつもりはなかったのに、その場に立ち尽くしちゃったんだ。
 ごめん。僕、君に嘘を吐いている事がある。僕と君は同級生じゃない。たぶん、僕の方が年上かな。
 だからね、僕らの出会いを覚えていないのは当然だよ。
 僕と出会った時の君は血塗れだったんだから。河川敷の高架下で倒れていた。ライオンに殺されたハイエナのような姿だったよ。でも君は顔もスタイルも良くて、きっと中身も人並みに良かったと思うんだ。そんな人が不要のレッテルを貼られて、捨てられるなんておかしいと思った。こんな友達がいたらって想像もした。僕には必要だ。要らないなら、僕がもらうって。
 それでSNSで知り合った工学とか医学とかそれに薬学にも精通したジョシュクンに手を貸してもらったの。(友達)のためなら、実際に会って話をするのは怖くない。君は、僕の友達として生まれ変わったんだ。
 あのね、笑いながら君に初めて馬鹿呼ばわりされた時は本当に嬉しかった。
 忘れ去って欲しい記憶を蘇らせるモノが憎いよ。その度に貼り直して定着させなきゃならないもん。
 今日は疲れた。1000m持久走の途中で倒れて担架で運ばれた事がある僕だけど、君を助けるために走ったんだもん。やっぱり途中で車に乗っちゃったけど。
 君に近付かないで欲しい。話はいつも平行線になる。
 今でも僕は忘れない、
「愛しいけど、あなたは失敗作」
 そう君に言い残して去ったあの人を。
 スヤスヤ寝てる。さてと続きをしよう。今度は何を貼ろうかな。
[続]