所沢市立若狭小学校と言って、今でもあるようだが学区内に防衛庁の官舎があったのでそこに住む子供たちが多かった。
彼等は地元の人間ではないから一時期そこにいて、親の転勤に伴ってまた転校していく。
こちらも転校組だから存外仲が良かったような気がする。
それに彼等は成績優秀な奴が多かったのも覚えている。
学校は入間基地の近くにあって、上空を自衛隊の飛行機がバンバン飛んでいて騒音が激しいので窓は二重サッシになっていたし、学校が線路脇だったせいか騒音対策はかなり徹底していた。
その後の奈良の小学校が創立100年とか言うオンボロだったのでその落差が凄かった。
奈良の田舎まで来ると小学校がこんなにボロいんかと思っていたが、そうではなく奈良市内強いては県内で一番最初にできた小学校だったから年期が入っていただけである。
閑話休題。
小学校の授業で田植えをさせられた人がどの程度いるのか知らないけれど、自分には初めての経験であった。
今時分の陽気の良い日に担任が〝今日は田植えをしま~す〟とか言って、作業が始まったのだがいきなり田植えではなく田んぼを作る所から始めなければならない。
プールの半分か、そのまた半分ぐらいの面積に仕切ってあるコンクリートの枠の中に土を入れ、水を張るのだがこの時点から事件ばかり。