ブルジョア軽井沢 -9ページ目

ブルジョア軽井沢

あこがれますね

清輔は、満明寺の再建に取りかかると共に土地を開墾し、1653年(承応二年)に温泉経営に乗り出した。

彼は湯壺を掘って湯小屋を建て、「湯本定」と呼ばれる次のような規約を入湯する者に課した。

湯本定湯泉山善。

一、喧嘩口論や賭博などの勝負ごとをしてはならぬ。

一、他人に迷惑をかける者は、どこから来た者であっても、この地の法によって裁く。

一、他地方から来た者、また出て行く者は、必ず湯本に届け出ること。

一、この地に滞在中、荷物や金銀、米銭の盗難があるかも知れぬから、各自で注意せよ。

一、湯小屋では火事をおこさぬようにせよ。

こうした「湯本定」のような厳しい掟が設定された背景には、温泉経営によって荒廃した雲仙を再開発する一方、かつてのキリシタンの残党が集まり、再び蜂起するきっかけをつくらせぬよう監視する役割を果していた。