前回の続きです。

前回の投稿はこちら右矢印急展開、義父との直接対峙



父と母に悲痛な思いを吐き出した後、

私はまた無意識に薬を飲んでいました。

(この辛い現実から解放されたい…)

たぶん、そんな思いからの行動だったのだと思います。

脚がフラフラして立っていられず、

そんな中、心配した夫が帰ってきてくれ、

私「辛い…もう楽になりたい…

  あの人(義父)が許せない…

  私が死んだらあの人も分かってくれる?」

夫「あんな人(義父)のために

  死ぬことないよ!

  仕事はしばらく休みをもらったからな、

  だからもう大丈夫。

  ずっとそばにいるからな。」

そう言ってくれました。
(それ以降は記憶があいまいです)


次の日、母から連絡があり、母は義母にLINEで抗議の文をおくり、

父は義父に抗議の文をFAXで送ってくれたそうです。

私が鬱になってもうすぐ2年、その間、私や両親に一言の謝罪もなく、

連絡もよこさなかった義父への強い言葉でした。

『親思い、家族思い、友達思いの良い子に育ってくれた娘が、「苦しい、死にたい」ともがき苦しむ日が来るとは想像だにしていませんでした。もとの快活な明るい娘に返してください。なぜ娘をこのようにしたのですか?』 

長い抗議文を要約すると、こんな感じだったと思いますが、

私はとても…とても嬉しかったのです。

普段は穏やかで優しくて、

怒ることの一切ない父が、怒ってくれたこと、

両親ともに行動に移してくれたこと…



すると、ずっと逃げてきた義父が、

自分から連絡することは決してない義父が、

この抗議文が送られてきた数分後、

私の実家に謝罪の電話をしたそうです。

両親ともに今の私の現状を話し、

心配している胸中を語ってくれました。


実の両親にここまでさせて、申し訳ないという気持ちと、

嬉しい…ありがたい…

そんな気持ちがありました。

そして、両親のしてくれたことを無駄にせぬよう、

怖いけれど、会いたくないけれど、

私も義父に直接会い、自分の思いを話そう…!

そう決心しました。



その夜、支度を済ませ、夫に支えられながら、

義実家に向かいました。

向かう車内では、怖くて 不安で 

ただ、義父に言いたいことを頭の中で

繰り返し 繰り返し復唱し、

自分の思いを包み隠さず吐き出そう。

そう思っていました。



続きます。