教会の長男と結婚し、


義実家で同居を始めてからは


自由になる時間は あまりありませんでした。


お金がなく、新婚旅行にも行かれませんでした。

ちなみに義父母は沖縄旅行に行ったらしい…


外出ひとつするのにも


義父の許可が必要で


缶詰め状態。


教会は築150年ほど経つ古い建物で


阪神淡路大震災のときから建て直しておらず、


ボロボロな半壊状態。


子供達を庭で遊ばせてるときに


近くの納屋が大きな音を立てて崩れたこともありました。

  



薪で沸かす五右衛門風呂、

この五右衛門風呂が義父の生き甲斐で

毎日昼過ぎに起きてきて、それから薪で沸かして

沸かしたあとの一番風呂に入るのが義父の楽しみでした

※ていうかそれしかやることがない義父。

外で仕事して働いてこい…

五右衛門風呂は外にあるため、

寒いときでも外に出ないといけないのです

なので、子供が新生児期のときはとても入らせることはできなかったので、5ヶ月くらいまで家の桶で入れていました 


義父ご自慢の五右衛門風呂。

「誰が来ても『良いお風呂ですねぇ』といってくれる」

と豪語してましたが、そりゃあ『良いお風呂ですね』と答えるしかないですよね😇

 


そして、ぼっとん便所。

夏になると鼻を押さえたくなる刺激臭ハッ

蚊が大量発生して、来る人たちみんな嫌がる



夏はクーラーもなく、

子供は汗疹だらけで寝られず、親も睡眠不足…



冬は隙間風で外と同じ気温。

家の中でもダウンジャケット着させて対策していた



水道の蛇口は冷水のみで温かいお湯は出ません

冬場は食器の洗い物が地獄です…



そして、私達夫婦にたびたびお金をせびる義父。 

「今月は〇〇十万頼むわ。あと、みさえさんの妹の結婚式があるけど、よう出さん。お前らで教会の名前で出しといて。あと、今月も○万円頼むわ」


私達のことを打ち出の小槌とでもおもっているのでしょうか?


お金は湧いては出てこない。


必死で働いたお金を〇〇十万もよこせとは何事かとムカムカ怒りが込み上げました。



そんな中での子育て。


3人目を妊娠中、


2歳・1歳を育てながら


それら激務をこなしていました。

 


大変だったけど、


大変とはとは思う余裕もありません。


ただ、夢中で御用や家事育児を


こなしていました。




昼に起きてくる義父。


ご飯ができていないと機嫌が悪くなる


義父と義妹。


何かに付けて怒鳴り散らす義父の声。


義父

👴「誰のお蔭で飯が食えると思っとるんだ!」

👴「お前らの言うことは当てにならん!」

👴「わししか家の事しとらん!手伝え!」

👴「五右衛門風呂はホンマにいい教育に

   なってるわ!みさえさんは五右衛門風呂

  で育ってないもんなぁ!ドヤ」

👴「みさえさんにもっと厳しくしろ!

   一生懸命やってるとお前(義母)は言うが

   チヤホヤすることが教祖のひながたに

   あったか?!バカが!!」



そんな罵声を聴きながらも、


毎日の息抜きといえば、


夕飯の買い物に出る30分間。

それ以上かかると 義父の機嫌が悪くなります。


それでも持ち前の明るさと強さと笑顔で


乗り切っていました。


どんなに頑張っても


誰にも感謝されることはありません。


「ありがとう」を言ってもらえない日々。

  



代わりに私が


義父や義家族に言っていました。


「私の料理を食べてくれてありがとう」


「ありがとうね。助かるよ。」


まるで、自分に言い聞かせるように、


周りに “ありがとう” と言っていました。




その頃の自分に言いたい。


(そんなに頑張らなくていいんだよ)


(言いたいことは言っていいんだよ)


(泣きたいときは泣いていいんだよ)

 




辛かった。


苦しかった。


泣きたかった。


助けてと叫びたかった。


なのに 健気に笑顔で頑張るあの頃の自分を


できることなら抱きしめてあげたい。




ここに綴っている義父のモラハラは、


氷山の一角でしかありません。


もっと酷いことをされてきました。


私だけでなく、


多勢被害者がいます。


パワハラは処罰されるのに、


モラハラは処罰されないのは


どうしてでしょう…?


人の心をたくさん殺しておいて…