寒い毎日が続いていますが、
心が温かくなる絵本をご紹介します。
トルストイ
『愛あるところに神あり』というお話です。
靴屋のマルチンは ひとりぼっちで淋しく住んでいました。
彼の最愛の妻は、病気のために早くに死んでしまいました。
それからは、残された一人の息子とふたりで生活していましたが、
その息子も病気のために死んでしまったのです。
マルチンは何のために生きているのか、
生きる望みもありませんでした。
ある日、いつものようにマルチンが仕事をしていると、
入り口から見かけたことのない人が入ってきました。
その人は旅を続けている老人でした。
どうしたことか、マルチンはこの老人に
自分の受けた不幸を話し、
自分は何のために生きているのかわからない、
神様なんかいないと語りました。
老人はマルチンの話を泣きながら聞いてくれました。
そして、「それでも神様はあなたのことをご存じですよ」
と言いながら、聖書を一冊残して、
「これを毎日読み、神様にお祈りするといい」と教えてくれました。
マルチンはそれから一生懸命に、
神様のことを考え、聖書を毎日読んで
「神様がもし本当におられるのでしたら、
私の所に来てください」と祈るようになりました。
ある日のこと、遅くまで聖書を読んでいると、
確かにだれかの声を聞いたように思いました。
「マルチン、マルチン。明日、通りをよく見ていなさい。」
お前の所に行くからね。」
マルチンは目をこすって、驚いて立ち上がりました。
「これは夢だろうか。それとも神様のお告げなのだろうか。」
翌朝、マルチンは昨晩の出来事を思い出しながら、
神様を迎えるために、ストーブに火をつけ、お湯を沸かし、
部屋を暖かくしました。それから仕事をはじめましたが、
昨晩のことが気になって、なかなか仕事に身が入りません。
目が通りの方ばかり見てしまいます。
すると、手にシャベルを持った老人のステパノが、
マルチンの靴屋の前を通りました。
ステパノはシャベルにもたれて、ぼんやり立っていました。
彼は、お情けで隣の商人の家に養われているおじいさんでした。
「年をとって疲れきっているので、雪をかく力も無いんだな。」と思い、
マルチンがステパノに手招きをして、ドアを開けると、
凍えた老人が中へ入って来ました。
「暖炉のそばでお茶でも飲んで、温まると良いですよ。」と、
マルチンが声をかけました。
二人でお茶を飲んでいると、マルチンが、
外を気にしてばかりいるのを見て、
ステパノが、「誰を待っているのですか?」と尋ねました。
マルチンは、気恥ずかしそうに、
「誰を待っているのか、言うのも恥ずかしいことですが、
昨晩私が、いつものように聖書を読んだ後、祈りつつ、
うとうとと眠りこけていると、
『マルチン!明日通りを見ていなさい。私が会いに行くから。』
と言う声が聞こえたのです。
『私も老いぼれて、やきが回ったかな!』と、
思いながらも、こうして主(イエス様)を待っているのです。
主(イエス様)は、方々を歩き回って、どんなに身分の人をも、
見下げることなく、かえって弱い人たちとばかり、一緒にいたのです。
神様の子でありながら、しもべの様に人々に仕えて、
弟子の足を洗い、人間の苦労を背負って、
十字架におつきになったのです。
しかも、罪深い私たちを愛してのことなのです。
そして、『イエス様は貧しい者、悲しんでいる者、へりくだっている者こそ、
神様の国では、幸せな者なのです。」と、
おっしゃって居られるのです。」と答えました。
すると、ステパノは、お茶のことも忘れ、
じっと腰掛けて聞いていましたが、知らないうちに、
涙がぼろぼろと、頬を流れていました。
「ありがとう、マルチン。 おまえさんは私にご馳走して、
心も体もすっかり養ってくれました。」
そう言うと、ステパノはゆっくりと外へ、出て行きました。
外はすっかり冷えきって、風が少し強くなってきました。
そんな中、みすぼらしい身なりをして、
子供を抱いた見知らぬ婦人が、マルチンの窓の前を通り、
建物の間で風の方に背を向けて、立ち止まりました。
凍える子供を何とか包んで暖めようとはしていますが、
着ている物は粗末な夏服だけで、包み込む物も無い様子でした。
マルチンは、
「どうしてこんな寒い中、赤ちゃんを抱いて
外になんか立っているのですか?暖かいから中へお入りなさい。
赤ちゃんも温まれるよ。さあ、遠慮をしないでお入りなさい。」と
、暖炉のそばに、婦人を座らせました。
そして、マルチンが、食卓の方へパンとシチューを取りに行き、
テーブルを整えて、その上に並べて、
「さあ、これを食べて暖まりなさい。
赤ちゃんは、私が見てあげますよ。
私にも昔、子供がいたから子守りぐらいはできるからね。」と言うと、
婦人は頭を下げ、夢中に食べ始めました。
婦人は、少し落ち着くと、
「わたしの夫は兵隊に取られて、もうかなり経つのですが、
8ヶ月前に遠方にやられて以来、連絡が絶ってしまいました。
それ以来、メイドをして暮らしていたのですが 、
小さい子供がいては、なかなか使ってくれる人が居ません。
私は、これでもう3ヶ月、仕事もなしにうろついていたのです。
家主のおかみさんは、可愛そうに思って、
部屋に置いては下さるのですが、
持っていた物は残らず食べてしまい、
1枚の残っていたショールも、昨日、質に入ました。
冬着もない始末で、この子にも、
寒い思いをさせてしまっているのです。」と、身の上話をしました。
すると、マルチンは子供を婦人に返し、奥の方へ行き、
古い冬着を1枚、見付けて来て、
「古着ですが、赤ちゃんを包むぐらいの役には立つでしょう。」と、
差し出しました。婦人は涙ぐんで、
「ああ、おじいさん、主(イエス様)が、
あなたを祝福してくださいますように。
きっと主(イエス様)が、私をこの窓の前に導いて、
おじいさんが外を見るように導いて下さったのです。」と言うと、
マルチンは、照れくさそうに笑んで
、「ああ、確かに主(イエス様)のなさったことだよ。
私が窓を見ていたのには、ちゃんと訳があったからね。
これでショールを買いなさい。」と言って、彼女に銀貨を与えました。
婦人は何度も、何度もお辞儀をして靴屋を後にしました。
時間が過ぎて夕方になり、ふと外を見ると、
物売りのおばあさんが、りんごの入ったカゴを肩に背負い、
重いので背負いなおそうかと、カゴを地面において、
一息ついていました。
すると、どこからともなく現れた男の子が、売り物のりんごを1つ、
掴んで走り去ろうとしましたが、あっけなく、ばあさんに襟首をつかまれて、
捕まってしまいました。
泣き叫ぶ男の子の髪の毛を無理やり引っ張って、
男の子を交番に連れて行こうとしていました。
すると、マルチンが二人の間に割って入り、男の子の手をつかみ、
「まあ、おばあさん、後生だから、はなしておやりなさい。」と
言いましが、「私は、ぶってから、この小さなごろつきを、交番に引き渡すよ。」と、
おばあさんは、許す気配がありませんでした。
泣きじゃくる男の子を見てマルチンは、
「もうこんなことをしては、いけないよ。
私が、このりんごをお前に買ってあげるからね。」 と言ってから、
おばあさんにお金を手渡しました。
おばあさんは、子供をにらみつけてから
、「あんまりごろつきを、甘やかすもんじゃないよ。
こういう奴らは、ひどい罰を与えないと、また同じことを繰り返すだけさッ。」
と言いました。すると、
「まあ、おばあさん、私たちの考えは、そうかもしれません。
しかし、神さまのお考えは、そうではないんだよ。
もし、りんご1個のために、あの子をムチでぶたなきゃならないとしたら、
私たちの罪のために、私たちは、
何をされなければならないのでしょうか?
主(イエス様)は、私たちの罪を赦すために
、命までも下さったのですから、
私たちは、どんな人の罪でも赦さなきゃいけないね。
考えの足らない子供には、なおさらさではないのかな?」と
マルチンが答えました。おばあさんは、子供を見ると、
ふと息をつき、自分の子供のことを思い出して、優しい顔になり、
「私たち年寄が、主(イエス様)のことを教えてやらなければ、いけないね。
どうか神さま、この子をお守りください。」と言って、
荷物を背負い、行こうとした時、
「おばあさん、僕が持っていくよ。」と、男の子が荷物を背負って、
おばあさんと二人並んで歩いて行きました。
マルチンは仕事を片付けて、
すっかり暗くなった部屋の奥でランプを灯して、聖書を開くと、
誰かが後ろにいることに気がつきました。
「マルチン。マルチン。 あなたは私がわかるかな。」
「だれですか?」と、マルチンが答えると、
「ほら、これが私だよ。」と声がして、
よく見ると老人のステパノがにっこり笑って立っていました。
「ほら、これも私だよ。」と声が聞こえると、
いつの間にか、子供を抱いた婦人の姿に変わっていました。
そして、「これも、私だよ。」と、声がすると、
そこには、おばあさんとりんごを1つ手にした男の子が立っていましたが、
やがて、雲のように消えてしまいました。
ふと、マルチンが開いた聖書の箇所に目をやると、
そこには、このように書いてありました。
『まことに、あなたがたに告げます。
あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、
しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、
わたしにしたのです。』
マタイの福音書25章40節
昨晩の声は夢ではなく、
救い主が自分の所に来てくださり、
主(イエス様)を正しくお迎え出来たことを思って、
マルチンの心は喜びで一杯になりました。
