え~、
本当にやっと行う事が出来た
居酒屋うず潮閉店『お疲れさん会』ですヾ(@^▽^@)ノ
年内になんとかなって良かったです。
仕事が忙しく
こんなに遅くなって母上に申し訳なかったです。
八王子市南浅川町2850番地の
でささやかに行われたお疲れさん会。
夕方16時半にお袋を迎えに行きましたが
かなり雨が降っていました。
妻は嫌がっていましたが
おいらは冬の夜の雨も
風情があって良いのかなぁ~なんて思っていました。
待合室で少々待って、
ずっと歩いて離れの個室へ。
とても落ち着きあるお部屋でした。
部屋から見える風景。
まずはビールを母上に注ぎ乾杯。
途中、
愛息の九九の段の発表や
トーマスクイズやポケモンクイズがありました。
お袋の乾杯に合わせて
コップ1杯のビールだけ呑みました。
料理の出てくるタイミングも
最初はお腹が空いていて
もうちょっと早く・・・なんて思いましたが、
お袋がお店を出したきっかけや
お店を出す前に働いていた店の話、
子育ての事など
ゆっくり話す事もなかったので
かえって間があって良かったです。
こんな雰囲気で
少量ずつ美味しく品のある料理が出てくるので
時間がゆったりと流れている事を感じられて
且つじっくり料理を味わえて
本当に素敵な時間を過ごすことが出来ました。
家族で来たからこそ
味わえる時間なのだと思いました。
最後にお花を渡そうかとずっと思っていましたが
妻と話てこころばかりの気持ちを包んで渡しました。
おいらは
『お疲れ様』という言葉ではなく
『ありがとうございました』という言葉を選びました。
一番は本当にその一言です。
ただそれだけです。
妻が母上と別れた後に
『最後は少し涙ぐんでいたね』って。
相模原市中央区陽光台2丁目の村富線沿いで6年、
相模原市中央区千代田4丁目で28年6か月。
34年6か月もの間、
お店を営んでいました。
居酒屋うず潮は
おいらの心の中で
永遠に不滅です(*^.^*)
今となっては今年の社員旅行の間
友人にトラックを借りて
28年分の荷物の詰まったお店の片付けをしたのも
良い思い出となりました。
2階にある冷蔵庫を
狭い階段から一人で下せる丈夫な体に産んでくれたのも感謝ですね。
という事で話を戻すと
今年1月31日にお袋が大腿骨を骨折し、
2月4日に手術を行いました。
50%の確率で杖をつく様になる
というのが主治医の見解でした。
そこから2か月の入院。
休みは必ず見舞いに行きました。
1か月程経った時に
これからの生活について
半分説教みたいに話をしていたら
『もうお店を閉めることにした』と( ̄□ ̄;);
病院の面会所みたいなところのソファーに座っていたおいらは
直立不動の姿勢をとり
深々とお袋に頭を下げ
『お疲れ様でした』と言い、
なかなか頭を上げられませんでした。
確かお袋が親父と離婚したのは
おいらが小学1年生の時だったと思います。
お店を始めたのが小学3年生だった時かな。
以来、
おいら達男3兄弟を
女手一人で育て上げてくれました。
夜遅い仕事でしたが、
夏休みのラジオ体操前には必ず起きて
おいら達の支度もしてくれましたし、
中学校の時も部活の朝練に行くおいら達の出発時間に合わせて
お弁当を作り続けてくれました。
また、
他の家庭と同じように何不自由なく生活をさせてくれたし
何よりも必死に働く姿をおいら達に見せ続けてくれました。
だから自分で言うのもなんですが
3兄弟とも働き者です。
そして
仕事に対しては
みんな誠実ですね。
足は完全には直っておりません。
いまも多少びっこは引いていますし、
多分一生正座をする事は出来ないと思います。
それでもこれからは少しのんびりしながら
ゆったりと生きていって欲しいものです。
今まで我武者羅に働いた35年を取り戻すように。
『お疲れ様でした。』
そして
『ありがとうございました。』
本日お歳暮が我が家に届きました。
青嶋敏昭くんから(*^o^*)
彼とは同僚ではなくなってから
2つの取引をこなしています。
青ちゃん、ありがとう(^_-)☆
そして
夜うかい竹亭から帰宅後に届いたのは
㈱○○○○○○の○○くんから( ̄ー ̄)
おいおい、そんな気を使わなくていいからね(  ̄っ ̄)
お互い頑張るべっ(b^-゜)























