「―――はあ~」
 昼飯を食べ終わり、教室で一人机に座っていた。
 ……しゃべる相手がいないからこうしているのではなく、今ぼくは無性に虫の居所が悪かった。それもこれもさっきの堀坂のせいだ。
 ―――近づくなよ。目ざわりだからさあ。
 さっきの堀坂の言葉を思い出すだけで気持ちがムシャクシャする……クソッ。
 なぜ、ほぼ初対面の人にこれだけのことを言えるんだ、あいつ。大体、ぼくは彼に迷惑なことした覚えもなければ一方的な罵倒を受けるような覚えもないの・……あー、ムカつく。
 「おい、どうしたんだ? 達也」
 ポンと肩を叩かれた。振り向くとそこには亮太がいた。
 「あれ? 練習はもう終わったの?」
 「おう」
 「森くんは?」
 「あいつはボールの片づけの当番で遅くなってる。―――ってそれより聞いたか?」
 「? 聞いたって何を?」
 すると亮太はニヤニヤと笑った。
 「……今日も桜井のやつやらかしてくれたぜ」 
 「!? やらかしたって何を?」
 「さっき男一人を殴り飛ばした」
 「………」
 ……またやったのか、ナナミさん。
 「……で、その相手は? また堀坂くん?」
 「何だ? あいつ、また殴られていたのか? ……いい気味だ」
 どうやら昨日、ナナミさんが堀坂を殴り飛ばした件は亮太の耳には届いていなかったようだ。
 「まあ違うやつだ。今度は三年生だったらしい」
 「えっ、三年を殴ったのか!?」
 「ああ。目撃者談によれば桜井がその三年に因縁をつけられたみたいで、それで桜井はそいつにみぞおちにひじ打ちを決めて一発KOしたってよ」
 「……その話、本当なの?」
 「ああ、本当だとも。……なんだ、おまえ? 腑に落ちないって顔してるな」
 「……別にそう言うわけじゃないけど」
 なんだろう、詳しいことは分からないけど何かいつものナナミさんと違う気がした。
 「まあ、おれも詳しい話はよく知らないからな。……なんならまたおまえが聞いてくればいいじゃねえか」
 「いや……」
 今はなんとなく桜井さんと話しにくい。
 「……なんだ、なにか桜井ともめたのか?」
 こういう時の亮太はホント勘がいいな。
 「……別に、特にないよ」
 「ふーん、そうか」
 「てか、亮太はそういう話を誰から聞いてるわけ?」
 「新聞部の佐野ってやつから聞いてる」
 「……新聞部って、そんな部あったか?」
 正直、聞いたことがない。
 「ああ、ちゃんとあるぜ。……まあ、おまえが知らないのは無理ないか、うちの学校って小さな同好会みたいな部活が結構あるからな~。……てか、おまえだって”天体観測同好会”っていうよくわからん部に所属してただろ?」
 「まあ……」
 消し去ってしまいたい過去だな、それは。
 「まあそれと似たようなもんだ」
 うちの学校は相変わらず変だな……。
 「―――あっ、そういえばさあ」
 「なんだい?」
 「さっき練習中に森が”川上の過去になにかあったか?”とか聞いてきたんだが、どういう意味か分かるか?」
 「―――えっ?」
 森くんがぼくの過去について聞いてきた?
 「……亮太はなんて言ったの?」
 「いや、普通に質問の意味がよく分からねえから”わからん”って即答した」
 「………」
 「そういえばあいつ、おまえが変な夢を見るっていう話を聞いた時から何か考えている様子だったな」
 ……さっき森くんは何かを言おうとして口ごもったけど、一体なにを言おうとしていたんだろう? それが亮太が今言った話と何か関係があるのか?
 ―――問題は真実か虚実かだ。
 これは一体どういう意味なんだろう。
 その時、学校のチャイムが鳴り響いた。
 「おっと、次の授業の準備しねえとな。次はうるせえ教師の古典だ」
 ぼくは自分の席に座った。
 ……とりあえず今日の帰りにあの丘の木の下まで行くか。
 ぼくはそう決めて次の授業の準備をした。
 四限目が終わり、昼休憩になった。
 終わると同時にナナミさんは席を立ち、教室を出て行ってしまった。
 相変わらずナナミさんに話しかけられずにいた。……どうしたものか。
 昼飯を食べようと亮太のほうに向かった。
 「亮太、昼飯を食べよう」
 「あっ、わりい。おれ、これから部活に行かねえといけねえから一緒に食えねえわ」
 すると森くんが部活用のバッグを持ってこっちに来た。
 「亮太、行くぞ」
 「ああ、分かってるよ。まあ、そんなわけだから今日は適当に食っといてくれ」
 そう言って亮太と森くんは教室を出て行ってしまった。
 ……どうしようか。教室で一人で食うってのはちょっと嫌だし。ちょっと外で食おうか。
 でもクラスの子と仲良くなるチャンスでもあるよな。うーん、どうしようか。
 ………よし、外で食おう。
 ぼくはそう思い、昼飯のパンを持って教室を出た。

 中庭の方に出てみた。たまには外で食うのも悪くないだろう。
 「………」
 昨日はナナミさんここいたけど今日はいないな……。また場所を変えたのだろうか?
 まわりを見てもナナミさんの姿は見えなかった。
 ……って、ぼく何ナナミさんのこと探してるんだ!?
 「……とりあえずここで食べるか……」
 ぼくは持ってきた菓子パンを食べることにした。
 「―――おい、おまえ!!」
 その時、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。
 ぼくはその声の方へ振り返った。
 「……昨日も会ったよな、おまえ」
 そこには高圧的な態度で立っている堀坂がいた。
 堀坂は頬にガーゼのようなものを当てていた。……おそらく昨日ナナミさんに殴られた痣でも隠しているのだろう。今日は取り巻きみたいな人たちはいないようだ。
 堀坂がこっちの方へ向かってきた。
 「………」
 近くで見た堀坂はかなり威圧的だ。
 いつもはアイドルみたいな明るい顔をしているが、今は目つきを変えて、顔つきも今時の不良みたいになっていた。……完全にぼくに敵意を向けている。
 「……何かな?」
 内心かなりビビっていたが、それを悟られないようにできる限り平然な顔を装った。
 「……桜井はどこだ?」
 堀坂は低い声でそう言った。
 「……さあ? ぼくが知るわけないだろ」
 実際に知らないし、知っていたとしてもこんな奴にナナミさんの居場所なんか教えるものか。
 「……そうか」
 堀坂は後ろを振り返った。もう帰ってくれるのかと思いながら見ていると堀坂は再びこっちを向いて言った。
 「おまえ、桜井とどういう関係だ?」
 「は?」
 堀坂はそんなことを聞いてきた。
 ぼくはなに言ってんだと思いながら一応答えた。
 「ただのクラスメイトだけど……」
 「ふん、そうか……」
 それを聞いて堀坂はその場を去ろうとした。
 「……ああ、一つ言い忘れていた」
 「?」
 「もう桜井に近づくなよ。目ざわりだからさあ」
 「……なっ!?」
 一瞬、頭に血が上りかけた。
 はあ、なに?  目ざわりだって? こいつ何様だ!?
 「桜井はおれが目を付けたんだ。そのまわりをハエみたいなやつが飛び回るのは迷惑でね。……まあ君みたいなやつでもそれなりの女が付き合えると思うからそいつらを探すんだな」
 ヤバい……ものすごくこいつを殴りたい……。
 堀坂はぼくを睨みつけると再び後ろを振り返ってそのまま校舎の方へ帰っていった。
 ぼくは殴りたいという衝動を抑えながら堀坂の去るのを黙って見ていた……。
 「―――ふう~」
 三時間目が終わり、休み時間になった。
 やはり二年ににもなると授業のペースが少し早い感じがするな。
 こっそりと後ろを見てみる。
 ナナミさんはいつものように窓の外を眺めているだけだった。
 昨日のことを謝りたいのだが中々話しかけづらい。なんというか今日のナナミさんは機嫌が悪そうに見える。
 朝、ナナミさんは一限目の授業が始まると同時になぜか怒っている様子で教室に入ってきた。まわりの人間から見ても苛立っているのが分かった。
 今日のナナミさんからは負のオーラが放出されている感じでどうも話しかけづらいのだ。
 とりあえずぼくはこの負のオーラから逃げるように亮太の所へ行った。
 「―――で、なあ」
 亮太と森くんが何か話していた。
 「なんの話をしているの?」
 「―――うん? お、達也か。いや、ちょっとした世間話だよ。……でも珍しいな、おまえ朝と昼休憩以外はいつもノートとか整理しておれらの所に来ねえのに。今日はどうしたんだ?」
 確かに亮太たちから来ない限り、いつもは五分休憩を使ってノートや授業の整理を行っていて机を立つことはない。
 「……亮太、分かって言ってるだろ」
 「まあな」
 亮太はスッとナナミさんの方に目をやった。
 「今日のあいつはなんか機嫌が悪そうだな」
 「うん、まあね……」
 「おまえがなんか話しかければいいんじゃね?」
 ニコニコと笑いながら亮太はそう言った。
 「……いや、あの雰囲気で話しかける勇気はぼくには無いよ……。でも、今日のナナミさん、なんであんなに機嫌悪そうなんだろう?」
 「さあな。なんか苛立つことでもあったんじゃないか? ……しかしそういうおまえこそ、最近なんかボーっとすることが多くなったぜ」
 「えっ?」
 「今日もおれらと話す時や授業を受けてる時もなんか違うこと考えてるなーというのが分かるぜ」
 「………」
 亮太の言うとおり、ぼくはふっとした時に最近見られるようになった夢のことについて考えていた。
 「何があったんだ? この亮太様に話してみろって」
 「……別に大したことじゃないよ。ただ最近、不可解な夢を見るだけさ」
 「夢?」
 ―――とりあえず、ぼくは昨日の夢のことを亮太たちに話してみた。
 「……子供の頃の自分が夢に出てくるねー。うーん、そんなの普通じゃないのか?」
 「まあ、そうなんだけど・……どうも何か引っかかってね」
 「あー、恋の悩みとかだったらおれ専門なんだが……」
 「いつからそんな専門になったんだよ……」
 「こういう悩みはよく分からん。森、どう思う」
 亮太は森くんに話を振った。
 「……ふむ、自分の過去を見る夢というのは珍しくはない。問題はその夢が事実か虚実かだ」
 「事実か虚実?」
 「自分でも知らない事が夢で出てきたんだろ。もし、それが自分自身が作り出した虚実ならただの夢で終わるんだが、問題は本当にその夢が自分の過去……つまり事実だった場合だ」
 「事実だったらなにか問題でもあるの?」
 「……先に聞くがその夢を見た後に『あ、こんなことがあったな』っていう既視感みたなものを感じたか?」
 「……いや、そういうのは感じなかったかな。逆にいえばそういうのを感じなかったからこんな不可思議な感覚に襲われるんだと思う」
 「しかし、既視感とかそういのがないのにも関わらず何か引っかかるものを感じているんだろ?」
 「……うん、まあ」
 「………」
 森くんは少し考えた様子で目線をどこかへ向けていた。
 「……それで、何が問題だというの?」
 「……既視感があるならそれは過去の夢を見たということで片づけられるが、もし無いというのならそれは……」
 ―――キーンコンカーンコン♪
 その時、学校のチャイムが鳴り響いた。
 「……おれは少し難しく考え過ぎているな……」
 森くんはそうつぶやくと「席に座ろう」と言って自分の席に戻っていった。
 「……なあ、達也?」
 「なに、亮太?」
 「……おれ、あいつの言ったことの半分以上が理解できなかったんだが」
 「……奇遇だね、ぼくもだよ」
 ただ、森くんがぼくの夢の話の中で何か引っかかっていることがあったのだろう。
 ……それが何かは分からないけど。
 「とりあえず、ぼくも席に戻るね」
 「ああ」
 ぼくは自分の席に戻って次の授業の準備をした。
 ……事実か虚実か、かあ。
 これにこの感覚の正体が隠されているのだろうか……。