スピード
1994年日本公開 監督/ヤン・デ・ボン
出演/キアヌ・リーヴス、デニス・ホッパー
アメリカを多少でも知っている人は観てすぐに分かりそう、いとも簡単に当てそう。そこはL.A.、ロサンゼルスの名所、名所ばかり。なぜなら俯瞰ショットを好き放題に撮りまくっているフリーウェイが縦横無尽に敷かれており(『大地震』(74)のオープニングに流れたジョン・ウィリアムスの名曲スコアは観る者を究極の不安に陥れた)、それこそがロサンゼルスの大きな特徴のひとつだろう。そこはオプティマス・プライムとボーンクラッシャーがアスファルトを削ってでも取っ組み合った大一番、しかも場外乱闘までご披露、「ママ、凄ぉい」と何の危機感もなく興奮している車中の子供に言わしめたのもその近郊かも知れないし、ヒューゴ・ウィービングではないエージェント・スミスがジャンプし続けて何台もの車をクラッシュさせて観る者に美意識を抱かせたのもその近辺かも知れないし、金くれと言っている脅迫電話はさもなきゃ車番2525のバスに仕掛けた爆弾が爆破しちゃうぞとも言ってくる。ってそれがこの本作なのだが、このバスもまたこのロスのフリーウェイを走っている。正確には時速50マイルを超えると起動し、そこを境に減速すると爆破するという。これがこのフリーウェイの路上では益々スピードオーバーの可能性が濃厚となって止めにくくなるから益々もって危険、危険。高倉健主演の名作『新幹線大爆破』(75)からまるまるヒントを得たという、嘘かホントか分からない伝説めいた話もまた有名だ。この映画もその仲間入りを果たしたわけだ。
マスコミに叩かれまくりで凹んでいたキアヌは心機一転、めちゃめちゃタフなこの映画撮影に取り組んだ。男を上げるためにも筋トレも怠らず、積極的に演技に体当たり、アクションにも果敢に挑戦した、『マトリックス』シリーズ(99~03)より前の代表作となったことは言うまでもない。なぜマスコミに? ゲイ呼ばわりされたから。ともあれ、その功績は恐らく周りの俳優やスタッフ達、おすぎとピーコ、そしてゲイたちをも驚かせたことだろう。
何よりこの映画は稀に見る、実に贅沢な一本のひとつであると思う。いずれ折れる矢も三本束ねれば簡単には折れぬ。ビル爆破、バスジャック、地下鉄での格闘と三つ束ねて一本の揺るぎなき娯楽映画作品として完成されたと新聞記事でも紹介されていたのを覚えている。
高層ビルのエレベーターがジャックされ、一度はテロリストと遭遇するSWAT隊員のジャック(キアヌ・リーヴス)とハリー(ジェフ・ダニエルズ)。しかしハリーは人質にされて、しかも犯人の片腕で首根っこを捕らわれる。ジャックは銃口を向けてもハリーの体が邪魔で狙えない。そこでハリーの脚を撃って犯人を油断させるもしかし爆薬で逃げられてしまう。このシーンはウォルター・ヒル監督の『48時間』(83)にも見られた。この捕まえ方はしょっちゅうだ。暫らく後に人命救助の功績を讃えられてはその夜祝杯をあげる隊員達。しかしその翌朝、ヤシの木のそこそこ立ち並ぶ大通り(この背景もロス西海岸の特色かしら)の真ん中で走行し始めたバスが爆破炎上。居合わせたジャックは聞こえてきた公衆電話のベルに引き寄せられるように近づき、緊迫と怒りを込めて受話器を取る。その声の持ち主は先のテロリストのあの犯人だった。金をくれと言っているその脅迫電話はさもなければ車番2525のバスに仕掛けた爆弾が爆破すると言ってくる(こっちだったのだ)。顔はエレベーターの時にそれなりに記憶があるが、何しろ現場にいるし、しかももう一台のバスを走って追わなければならないので人相を描かせる暇がない。ジャックの相棒、爆弾処理班のハリーは首を捕まれて顔を見ていないし、怪我もしたので電話を通して爆弾装置解除を指示する羽目になる。ジャックは走行中の車を無理矢理止めて同乗し、いざフリーウェイへ。目当てのバスが見つかり、そのバスには爆弾が仕掛けられてあるとバスの運転手に向って警告しなければならない。運転手が知ったら当然茫然自失になってアクセルを緩めるだろう。いいか? 落ち着いて聞けよ? なんて言えるような状況ではもうない。
エレベーター、バス、いったん解決したかと思えば今度は金の引渡しがまだ終わっていなかった。金の置き場所として指定されていたゴミ箱の真下に穴が開いていた。そこをすりぬけて金を犯人に持って行かれたことに気づいたジャックは地下鉄駅構内を駆け巡る。ひょんなことから任されてしまったバスの運転から解放されたかと思いきや、いつの間にか人質になってしまった女性アニー(サンドラ・ブロック)。犯人の名はハワード・ペイン(デニス・ホッパー)。さあ、ポップ・クイズだ。What you're gonna do? 名言である。
究極の答えを迫られるジャック・トラヴェン。撃つか撃たないか、撃つにもハリーの時のようにはいかない。ハリー・キャラハンがスコルピオの肩を撃ち抜いて釣りをしていた子供を解放させた時とは違って相当の至近距離であるにもかかわらずジャックは撃てない。人質を捕まえたまま逃げ去ってしまうハワード。そこから地下鉄ジャックが始まる。
初めて監督を務めたヤン・デ・ボンはそれまで撮影監督として実績を積み重ね、実際この監督デビュー作品も華々しく大ヒットした。それまで撮影監督時代に築き上げてきた経験や知識を全てこの一本に注ぎ込んだ感がある。
ストーリーの着想のヒントは恐らく『ダイ・ハード』(89)から貰っているはずであり、ヤン・デ・ボンはこの作品でも撮影監督を務めた。占領されたナカトミ・ビルの上階で相手に気づかれずに上下を移動する為には非常階段か、エレベーター、相手に意表を突きながら元妻を救い出すいまや名刑事ジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)のいまや名作シリーズ。舞台は超高層ビルひとつだけではカメラワークが巧く機能するとはなかなか思いにくいものだが、そこから学んだのか、ヤン・デ・ボンはタイトルロゴを始め、更に想像性を膨らませてビルの内部という密室性を強調しつつ滑らかなカメラワークをオープニングから披露した。このカメラワークの着想はもちろん経験の積み重ねが大きいが、その大きな表れが顕著に見られるうちの一本がスティーブン・キング原作の『クジョー』(84)である。
田舎の森林の洞穴に顔を突っ込んだセント・バーナード犬の鼻の頭を蝙蝠が噛みつき、なんと狂犬病になってしまう。やがてその犬は飼い主や村人たちを襲うようになる。狂犬に追われる母親と幼い息子は車の中にまで追い込まれてしまう。いつ襲われるかも分からず、車の周辺を囲む古い家屋やガレージのどこに狂犬が隠れているのかも分からず、助けを求めて車外にも出られない。中央の車から周囲を見回す母親の姿をカメラは弧を描いて移動する。これはそのまま『スピード』の冒頭でもジャックとハリーが初めて登場するシーンにも活用されている。
しかしながら基本、監督との談合によってワンシーン、ワンシーンが決まっていくので、必ずしも撮影監督の一案がそのまま活かされるとも限らない。監督になって初めてそれまで溜め込んでいたアイデアが次々と活かされて初めてこの映画が出来上がったという印象が筆者には止められぬ程に湧き、彼自身にとって待ってましたとばかりのチャンス到来だったに違いない。
作品のテンポとしても実に小気味良く、バスの密室性がありながらバスは走るものという定義からは当然抜け出さず、常に疾走するスピードが映画のテンポを決してダレさせない。フリーウェイの隙間をジャンプするシーンも圧倒的だが柳田理科雄先生のご指摘通り、物理法則無視の粗探しも楽しめるのも『トランスフォーマー』同様だろうし、そもそもこれが映画なんである。キアヌの鍛えに鍛えた男っぷりとサンドラ・ブロックのコメディエンヌぶりも巧くバランスが取れていて絶妙。デニス・ホッパーの悪役ぶりも最高だ。地下鉄のシーンは最後の最後に盛り付けられたエッセンスというが、結果として完璧な形で贅沢三昧なる映画として完成されたこと自体、まさに稀に見る見事な偉業と言えた。
クジョー
1984年日本公開 監督/ルイス・ティーク
出演/ディー・ウォレス、ダニー・ピンタウロ