ジャケット

 

2006年日本公開 監督/ジョン・メイブリー

出演/エイドリアン・ブロディ、キーラ・ナイトレイ

 

1991年、湾岸戦争に派遣された米軍兵ジャック(エイドリアン・ブロディ)はその戦地で子供相手に油断し、頭蓋骨に被弾した。幸いにも命は取り留め、負傷した身体も奇跡的な回復を見せたが、その代わりに記憶をほとんど失ってしまう。弾丸が頭蓋骨を貫通して脳内に残った傷跡によるものであり、これを逆行性健忘症と診断された。翌年彼は、生活補助を約束され、退院して大きな荷物を持ってひとり、雪化粧を施された草原の中を歩く。

 

エンストしている車。幼い少女が母親のそばにいるが、母親は何かしら体調を崩し、嘔吐までする。ジャックは車のエンジンを直したが、母親は彼を怪しい人物と思ったのか追い払って、礼も言わずに車で走り去る。母親はジーン、幼い少女はジャッキーといった。ジャックは彼女に自分の認識票を手渡した。彼はそれを手離すことに戸惑うこともなかったようだ。

 

結局別の車に同乗することになる。保安官の車に呼び止められ、そこでシーンがプツリと切れる。気がつくと、自分は法廷にいる。あの車で何があったのか。保安官が銃弾で死んでいた。道端で倒れていたジャックの手元に拳銃が捨てられてあったことから彼はその容疑をかけられていた。辛うじて無罪判決が下り、それでも彼は精神病院送りになる。何某の実験に利用され、ジャックは拘束衣(ジャケット)を着せられてストレッチャーに寝かされ、遺体収容所の格納庫に生きたまま入れられて放置される。

 

暗闇。棺桶にでも入れられたかのように、彼の目前には見えるものが何もない。そうなると彼は過去の記憶を思い出していくしかない。しかし彼にはほとんど記憶がない。ところがフラッシュバックとなって次々と甦ってくる。それでもそれぞれのシーンはほんの刹那なものでしかない。記憶の断片。そのシーンの数々は赤く光り、黄色く光り、青く光り、時にはごちゃ混ぜになって光ってくる。

 

気がつくと、彼は雪の中のタクシー・ストップに立っていた。車に乗ろうとしている女性の目が彼に止まる。クリスマス・シーズンだからタクシーは来ない。だから彼女は彼を乗せた。自宅に連れ込み、どこに行くのかも分からないジャックを見て、不思議な印象を覚える女性。シャワーに行っている間、彼はその部屋でかつて彼が持っていた認識票を見つけた。なぜこれがここに? 彼女の幼い頃の写真も見つけた。母親が一緒に写っていた。見覚えのある女性と幼い少女。車を直したあの二人だった。女性はジャッキー(キーラ・ナイトレイ)だった。そしていまがいつなのかを聞いた。2007年だった―。

 

以後、彼は1992年と2007年の間を行き来することになるが、この15年の間に何があったのか、そして掻き集めた情報からその精神病棟には良からぬスキャンダルが発覚していたことも分かり、かつ未来から得た情報によって過去を変え、多くの人間を、そして母と死に別れたジャッキーをも救い出すというくだりだ。

 

『コンボイ』(78)のクリス・クリストファーソン、『007/カジノ・ロワイヤル』(06)のダニエル・クレイグも出ているのでファンの人は要チェック。プロデュースに参加したのはジョージ・クルーニーとスティーブン・ソダーバーグ。主人公の頭蓋骨を弾が貫通し、記憶障害を引き起こすあたりはハリソン・フォード主演『心の旅』(91)と同じだ。もっともこの映画を元にしたというわけでもない。銃王国アメリカゆえのことである。

 

ところでハル・ベリー主演『パーフェクト・ストレンジャー』(07)のオープニングが印象的といえばそういうことだが、なにやらごちゃごちゃした真っ赤なものが映り、そしてそれはゆっくりと遠のいていく。映像はどんどん向こうへ退いて行き、ごちゃごちゃが徐々に管らしきものと分かり、そして神経であると分かるようになる。そして瞳が映る(あたかも落合正幸監督、稲垣吾郎主演『催眠』(99)の催眠術がこうして逆行し、脳内を侵していたかのようにも思う)。そこに光線が走る。セキュリティ・システムが働いていたのだ。勿論ID確認のためのものである。網膜データによってIDが確認される管理システム下に置かれる人間の存在意義を問うたものと巷でも指摘されている。

 

遺体収容棺の暗闇の中、彼は目をキョロキョロ、パチクリさせる。スクリーン枠いっぱいに目が映されている。その彼の脳内でかつて見てきたシーンが突発的に甦る。暗闇で目がはっきり映らないのに関し、暗闇、目のアップの相乗効果はなんだろうか。

 

人間の目を通して記憶は形成される。そしてその記憶は自分のものである。そしてそれは自分であるという認識の下に成り立つ。自分の置かれた環境によって自分という人間が育てられ、その過程の証拠となるそのひとつが記憶であり、それは自分にしか所有できないものである。ゆくゆくはそれこそがアイデンティティともなりうる。それを作り上げるのに必要なのは、原則としてやはり目であることに他ならないだろう。暗闇の中の目を強調してアップにするのは、恐らくそれゆえであると思う。目、記憶、このふたつがあって、暗闇であることの説明がつくとでもいうか。

 

それを考えるとジャックにとって認識票が果たしていかなる働きをしたものか自ずと見えてこないでもなくなる。そうして全てを整理し終えたあと、ジャックは新たな記憶を作り始める。同時にその新たな記憶の蓄積を重ねていき、新たな自分を作り始める。記憶の積み重ね、育成の積み重ねはそれこそアイデンティティ以外の何ものでもない。しかし、失われた記憶のために自己のアイデンティティが証明されないと、例えどんなに新たな記憶形成の蓄積をもってしても全面的に自己のアイデンティティが保証されない。ピンポイントの記憶を思い出すことが全てを変える、これで充分なのだ。

 

 

パーフェクト・ストレンジャー

 

2007年日本公開 監督/ジェームズ・フォーリー

出演/ハル・ベリー、ブルース・ウィリス