figaroのブログ

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昨年初めて参加した

井の頭公園内

彫刻館で行われる

長崎原爆忌平和祈念会


今年は近くの知人友人を誘い、4人で参加した


被爆80年 

昨年よりも参加者は、増えたように思う。


最初に挨拶された

主催(井の頭平和祈念会)会長さん

1年前に比べ、ご高齢の様子が

痛々しく感じられた。

でも被爆者の思いを、そして

この祈念会を

ずっと続けていってほしい

という気迫が

強くつたわってきた。


11時2分 黙祷

頭の中で、

ピカ、どーん!

が響き

七日に聴いた東混の合唱

合唱組曲「原爆小景」

の心象風景とともに

祈りをこめた


1分間は短いと感じる


今年は

最近関係の方から託された

西望さんの残された書や絵画が

祈念像前に展示され

彫刻館学芸員の方から

彫刻家北村西望

についての解説がなされた


カメラ撮影しているな

記録用撮影かな?

と思っていたら、

お誘いしたグループラインに

昼のNHK首都圏ニュースで

出ていた

来られなかった方が、

画像をあげてくださった


ー新しい戦前ー

この言葉が

実感となりつつある今、

核兵器廃絶だけではなく

原子力に依存したら

地球上で生物と共存できない

人類は滅びる

地球は滅びる


なんて

ごまめの歯ぎしりに過ぎない

とは思いながら

それでももがく私がいる









先日、

ノーベル平和賞受賞し

オスロで記念講演をされた

田中煕巳さんの講演会に行った


会場は隣市にある私立女子高校


この日の講演会、

実は、

ノーベル平和賞の発表よりも

ずうっと前に決まっていたそう。

本当に、思いがけない

受賞だったとのこと


受賞式出席

団体の場合は代表3名まで

それで、

広島と長崎の代表

そして

それ以外の全都道府県にある

被団協の代表としての田中さん


記念講演は20分の制限があり

その中で何を話すのか

ギリギリまで悩みに悩んで

原稿を何度も書き直し

直前に決まったそう


まず被団協が訴え続けてきた

《核抑止、はあり得ない》

《核廃絶の実現こそ地球の未来に

絶対に必要なこと》


《身を持って体験した被爆者が

伝えられるのは

あとわずかの時間しかない》

《これからは若い人たちが

核廃絶へのアクションを受け継いでいってもらいたい》


「権力者国家の罪」

原爆投下したアメリカは

占領政策として、

被爆国日本政府も、

被爆の実相を約10年間

隠し続けていた

その間、被爆者は

何の保障も無く

差別と貧困に苦しんでいた


それが

1954年アメリカの水爆実験によって、第5福竜丸が被爆し、被爆マグロが捨てられるなど、全国に知れ渡ったことなどがきっかけとなり

やっと、被爆者が

表に出られ各地でつながりができ、

それが

被団協、という1つにまとまった全国組織となった


その運動を通して

被爆者手帳交付を始め

「被爆者援護法」三法ができた。


ただ、田中さんが

強く言われたのは

この法律の対象は

被爆者と遺族 であって

原爆の死者に対しては

政府は何一つしていない

まずは「お詫び」をしなければいけないのに

全くそこが抜け落ちている


戦争の被害者に対する

国家の無反省には

声を上げ続けていかねば


この日、

午前中はこの高校の生徒たちと

平和学習のイベントを

されたようだ


最後に花束贈呈した生徒代表から

この日考えたことについて質問

「若い人たちに引き継いでもらいたい、と言われましたが、どんなことをしていったらいいでしょうか?」

田中さん

「どんなことでも自分たちのできることは何かと考えて、自分たちでいいと思うことを何でもやっていってください。」

会場からの質問

「二十年間事務局長を続けて来られた間、辞めたいと思ったことはありませんでしたか?また続けて来られた理由は?」

田中さん

「1度だけ病気でちょっと無理かな、と。他には辞めたいと思ったことはありません。それは、いつか必ず、という〈希望〉をずっと持ち続けているからです」


明るく力強い清々しさで、勇気をいただいた




私の地元

井の頭自然文化園には

彫刻家 北村西望の

彫刻館がある


もともとは、

長崎の平和祈念像制作のため

東京都からの提供で

ここにアトリエを建てた

木造のアトリエ内は

平和祈念像の構想から

制作過程のドキュメントが

そのままつまっている


その隣に建つ彫刻館には

地下から2階天井までの空間に

平和祈念像実物大原型がある

長崎で見た像よりも、

間近で見る圧倒的な大きさ

今日は
この像の前で行なわれる
平和祈念会に参加してきた

11∶02黙祷
のあとの後半
『北村西望氏と
長崎平和祈念像•聖観世音菩薩像の紹介』があった。


彫刻館の祈念像と

中庭をはさんで
向かい合って立つ
聖観世音菩薩像原型

西望氏は長崎の像設置から
23年後90歳のとき
この像を制作
広島の中央公園内に設置された
ここに、2つの都市への思いが
しっかりと向き合い
立っているのだ!

午後は近くのコミセンで
被爆者の方の証言を聞いた
小5で被爆
世界各国で精力的に
証言を続けてきた
どの国でも、若者たちが
素直に核兵器の恐ろしさを
理解してくれる
ただ、どんなに核の恐ろしさを伝えても
権力者たちは真実を隠蔽してきた
私は《隠蔽》に対して
激しく怒りを
感じています、と。

充実したけれど
くたびれもして
終わったあと
池の畔でしばらく
ぼーっとすごした

追記
翌日の地方ページに
記事が載った