すごい人間になんてならなくていい。
普通に生きたいように生きればいい。
すごい人間になろうとするヤツはそうしようとしていない人間を見下すんじゃないか?
そんなヤツは鼻持ちなんヤツだ。
だから、いい人間関係が出来ない。
だから、結果、すごくなれない。
そんな抽象的な目的を持ってはダメだ。
他との比較で自分の人生の目標を持つなんて意味がない。
優越感を感じる為に生きるなんてしょうもない事だ。
優越感を持てなければ不幸になるだけだ。
他者を支配しようとするヤツは支配された人間の恨みに怯えて生きる事になる。
そんな事が幸福か?
生きれるかも知れないが幸福ではないだろう。
幸福は具体的日常の中にあり、何かの観念に囚われた人間はその観念に到達出来ていない自分を感じ常に精神的な飢餓に陥いる。
一生その観念の奴隷になる。
その事が幸福だと思う人もいるようだが言葉の奴隷になっているダケだ。
もし、万人を幸福にするという観念に囚われてうまく実践できればいいが、うまくいく保証は何もない。
うまくいかなかった時に、俺がこんなに万人の為に働いてるのにどいつもこいつも俺を無視しやがってなんて恨み事を言わない自信があるか?
そういう恨み事を言わない自信がある範囲で行動すればいい。
この世のカラクリを知りたいという事は別にすごいヤツになろうとする事ではない。
たまたまそういう関心を持っただけだ。