地震。 | ワヲンカフェタイム

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言葉にした夢は叶う。

毎日があっと言う間に過ぎていくけど、ほんの少し、思った事を言葉にしてみようかな。

地震が起きたとき、私は長男と自宅にいた。


あ、地震・・・

あれ?長い・・・


そのうち、棚の上の物が1つ2つ落ちて。


そしてTV画面が緊急番組に切り替わり、東北地方で大きい地震が起きたと。


東北・・・わたしの夫は今仙台で単身赴任中。


数日前から、少し大きめの地震が続いていて、さらに大きいのが来たら嫌だなぁ~と言っていたばかり。


とりあえず、すぐメールしてみたけど、返信なし。


ほんの数時間前にメールのやり取りをしていたばかり。


あの時、どこにいるか聞いておけばよかった。


・・・でも、この時点でも、まだあれほどの大災害が起きているとは想像もしていなかった。


今までみたいに、何かあればすぐ電話をくれると思っていた。


とりあえず次男の学校に向かうと、毎年義務的に行われていた引渡し訓練の時と同じ光景。


でも、これは訓練じゃなく本番。


たぶん大半が、本番がくるとは、想像もせずに選ばれた防災頭巾をかぶり、集団下校するこどもたち。


特別な出来事に、不安より興奮している子どもたちのせいで、私の不安な気持ちも少し紛れた。


でも、家に戻り、TVをみて愕然。


報道される地名は、今日は○○○まで行ったんだ、と今までに夫から聞いたことのある地名ばかり。


夫は仕事で、宮城県全域から岩手の方まで行くことがある。


今日はどこにいたのか


どこで地震にあったのか


この時点では、もう電話はまったく通じなくなっていた。


なんの連絡も取れないまま、それでも不思議と嫌な胸騒ぎがすることもなくて


ただ漠然とだけど


絶対大丈夫だと


そう信じていた。


そのうち、私の弟から電話があり、弟のケータイに、夫から無事でいるから、という伝言が入っていたとの連絡があった。


夫の方も、なんとか連絡を取ろうと、いろんな人に電話して、かろうじて通じたのが私の弟のケータイだったらしい。


弟のケータイはドコモ。


後で聞いたのだけど、震災直後もなんとか通じたのは、ドコモ。


災害地とこちらで、ドコモのメールはやり取りが出来るのに


auはまったく。


災害地ではezwebにまったくつながらず、災害伝言メモも、もちろん見ることができなかったそう。


auケータイの夫は、翌日の朝やっと私のケータイに電話が通じたとき


落ちついたら、二人ともドコモに変えようと言っていた。


夫は会社の人たちと一緒に、会社で過ごしていて、持ち寄った食料をみんなで炊き出ししていて、食べるものには困っていないと言っていた。


電気も昨日の夜に復旧し、昨夜は自分のマンションに戻って眠れたようだ。


電気復旧直前にくれた電話では、かなり余裕がないのが伝わってきて、他の人たちもかなり精神的に追い込まれているといっていた。


でも、電気が復旧して一夜過ぎると、ずいぶん元気になっていて、みんなと一緒に頑張るよ、と言っていた。


さっきTVで、阪神大震災のときも、電気が復旧したとき拍手が起こったと言っていた。


明日からこのあたりでも、計画停電があるという。


今まで気づけなかった当たり前のような毎日が、どんなにしあわせなことだったか


子ども達と一緒に、感じよう。