懐かしいコラムを載せたいと思います。1995年ですよ、今から15年前に私が勤めていた会社の業界紙に載せてもらったものです。いま思えばこの時から始まったのですね。
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Kyu・リーグ観戦をとおして地域スポーツ文化を考える 1995年(秋)
サッカーファンである私は、近年Jリーグ発足とともにサッカー隆盛時代が訪れたことを大変喜んでいる。J・リーグは地域に密着したスポーツ文化を育てることを一つの理念としており、それはもとより地域の活性化につながる。すでにJ・リーグチームのある地域は羨望の眼差しで見られている。そこで遅ればせながら、多くの地域がJ・リーグを目指して、地域チームを育成し、活性化を計ろうとしている。J・リーグの下部組織、JFLリーグにはブランメル仙台・ヴァンホーレ甲府・鳥栖フューチャーズ・福岡ブルックスを初め徳島・京都・神戸にもある。またその下の地域リーグ、九州地区にはブレイズ熊本・大分トリニティーと数え切れない程のチームがJ・リーグを目指している。さて、北九州はどうであろうか。
私はある用件で北九州サッカー協会々長に会する機会を得た。その時に新日鉄八幡チームを強化育成して、J・リーグを目指す計画をしており、青年会議所と共に運動していることを耳にした。大変困難な道程と思うが、私は嬉しく思った。
1995年6月18日九州リーグの第7節、新日鉄八幡対大分トリニティー、今年初めて北九州のホームで行われる試合である。この日、同じくJFLリーグの福岡ブルックスの公式試合が初めて北九州で行われており、北九州のサッカーファンの目はブルックスに注がれている。しかしその日、私は会長からうかがった新日鉄八幡というチームが、どんなチームだろうと鞘ヶ谷競技場に出かけた。その日、会場は曇り空で、観客は100人程度。メインスタンドとバックスンドに別れて疎らに座っていた。鮮やかな紫のユニホームを着て選手が出てきた。背中にはNIPPON・STEELと書いてある。思ったより選手は若い。そして、大変よく練習しているのだろう、体は良く引き締まっていて精悍である。一方、大分トリニティーは、大分県知事がワールドカップ大会を大分に誘致し、会場となる競技場を開閉式屋根のサッカー場を造ると、計画案を発表し、またその競技場でJ・リーグに昇格させたチームをプレイさせると豪語しているチームが、大分トリニティーである。
前半、一進一退でどちらにも2・3度チャンスがあり、観戦に耐え得る面白い試合が展開した。後半5分、新日鉄はコーナーキックから頭で合わせて1点。このまま終われば勝点15の同率首位同士の戦いであるから、新日鉄は優勝争いのトップに立つ。
残り20分、大分は必死に追い着こうと攻撃する。新日鉄は虎の子の一点を守ろうと必死でディフェンスに回る。完全に新日鉄ゴール前の攻防になってしまった。どちらも疲れている、ヘトヘトである。残り5分、バックスタンドの一角に詰めかけた、たった20人程度の大分の応援団は、声をあわせ、太鼓のリズムに合わせて有りったけの声を上げて応援する。
守り続けた新日鉄の選手の気力はとうとう、その大分の応援団の声援と太鼓の音に突き破られてしまった。ゴ-ル。主審の笛が鳴る。残り3分。同点である。新日鉄の選手はグランドに腰を降ろし落胆の色は隠せない。同点によるPK戦、選手は気力が戻らない、新日鉄PK3人失敗。PK戦による逆転負けである。
私は試合を観戦してチーム力を比較してみた。個人能力も組織力も新日鉄の方がわずかに上に見えた。これはひいきではなく、冷静に中立の立場で見てである。ほんの僅かであるがそう見えた。しかし、逆転負けである。それがサッカーである。強い方が勝つとは限らないのがサッカーである。では何故負けたか。それは競技場を包む気力の集合がどちらが大きいか、それが勝敗の分かれ目になると思う。選手・スタッフ・サポーターと呼ばれる応援団、三位一体となった気力の輪、それが競技場内に吹く優勢という風向きを変えるのです。90分間続いた大分の応援団の声援。特に残り20分頃から4人の若い女性が立ち上がり、黄色い声で大分と連呼する声援は会場を包み、まるで大分のホームと化していた。
気力の輪で負けたのです。選手はよく頑張ったと思います。しかし選手の強化だけでは勝てる試合も勝てません。サッカーは地域と地域の戦いです。学校の運動会でよく地区リレー競争というものがあります。自分の住む町内の生徒を応援して興奮するものです。KyuリーグはJ・リーグの下の下のリーグです。どの程度のレベルであろうかと半信半疑でしたが、決して草サッカーではありません。技術もあり組織プレイも行っています。地元のひいきチームを応援する気持ちがあれば、J・リーグを見ているよりも、もっと興奮して手に汗にぎり観戦することが出来るでしょう。そこには地域のJ・リーグが存在するのです。地元のチームを応援し、選手を励まし、気力の輪に参加してみてはどうでしょう。ブルックス・ダイエーでは所詮となり町の借り物と、どこか引っかかる物がありませんか。今回の観戦の率直な感想は、北九州が大分に負けたことが悔しい。そして、わが町の選手が可哀想でなりません。
さて、地域のスポーツ文化を育てることを目的としたJ・リーグのお陰で、全国12の政令指定都市で、天候に難のある札幌を除き、プロ球団を持たない都市は北九州市だけになってしまった。
これからの展望として、J・リーグは16球団になり、JFLリーグも16球団になり、それぞれ市町村が力を入れている現状を見ると、32球団すべてがプロ化され、1部・2部リーグとして、J・リーグ事務所が管轄するようになるだろうと言われている。さて、この32の都市の一つに北九州市はなれるだろうか。それは北九州の市民が、地域スポーツ文化のあり方をどう考えるか。・・・である。
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この記事を投稿した年に、大分はJFLに昇格し一挙にJ・リーグに昇格していきました。北九州はこれから12年間、九州リーグに居つづける事になります。1999年に新日鉄サッカー部が廃部になり、もう一つ九州リーグに在籍していた北九州のチーム・三菱化成黒崎のチームを北九州サッカー協会が引き取り、新日鉄と三菱化成の選手を合わせて2001年にニューウェーブ北九州として新しくクラブチームを設立します。そして13年目の2008年にJFLに昇格。そして2年後、15年目にJ・リーグに昇格しました。私はその当時、J・リーグ昇格まで10年と予測していましたが、5年ほど長く掛かってしまいました。その間に多くのチームが先を越していきました。大分トリニータ・ロアッソ熊本・ベガルタ仙台等々、しかし、足踏みし追い越していったチームもあります。ヴォルカ鹿児島・Vウァーレン長崎。また途中で消えて行ったチームもあります、プロフェソール宮崎。北九州も危ない時期がありましたが何とかJ・リーグにたどり着いたのです。しかし、当時の予想とは違い37番目のJ・リーグチームとなりました。それだけ時間が掛かったと言うことです。
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Kyu・リーグ観戦をとおして地域スポーツ文化を考える 1995年(秋)
サッカーファンである私は、近年Jリーグ発足とともにサッカー隆盛時代が訪れたことを大変喜んでいる。J・リーグは地域に密着したスポーツ文化を育てることを一つの理念としており、それはもとより地域の活性化につながる。すでにJ・リーグチームのある地域は羨望の眼差しで見られている。そこで遅ればせながら、多くの地域がJ・リーグを目指して、地域チームを育成し、活性化を計ろうとしている。J・リーグの下部組織、JFLリーグにはブランメル仙台・ヴァンホーレ甲府・鳥栖フューチャーズ・福岡ブルックスを初め徳島・京都・神戸にもある。またその下の地域リーグ、九州地区にはブレイズ熊本・大分トリニティーと数え切れない程のチームがJ・リーグを目指している。さて、北九州はどうであろうか。
私はある用件で北九州サッカー協会々長に会する機会を得た。その時に新日鉄八幡チームを強化育成して、J・リーグを目指す計画をしており、青年会議所と共に運動していることを耳にした。大変困難な道程と思うが、私は嬉しく思った。
1995年6月18日九州リーグの第7節、新日鉄八幡対大分トリニティー、今年初めて北九州のホームで行われる試合である。この日、同じくJFLリーグの福岡ブルックスの公式試合が初めて北九州で行われており、北九州のサッカーファンの目はブルックスに注がれている。しかしその日、私は会長からうかがった新日鉄八幡というチームが、どんなチームだろうと鞘ヶ谷競技場に出かけた。その日、会場は曇り空で、観客は100人程度。メインスタンドとバックスンドに別れて疎らに座っていた。鮮やかな紫のユニホームを着て選手が出てきた。背中にはNIPPON・STEELと書いてある。思ったより選手は若い。そして、大変よく練習しているのだろう、体は良く引き締まっていて精悍である。一方、大分トリニティーは、大分県知事がワールドカップ大会を大分に誘致し、会場となる競技場を開閉式屋根のサッカー場を造ると、計画案を発表し、またその競技場でJ・リーグに昇格させたチームをプレイさせると豪語しているチームが、大分トリニティーである。
前半、一進一退でどちらにも2・3度チャンスがあり、観戦に耐え得る面白い試合が展開した。後半5分、新日鉄はコーナーキックから頭で合わせて1点。このまま終われば勝点15の同率首位同士の戦いであるから、新日鉄は優勝争いのトップに立つ。
残り20分、大分は必死に追い着こうと攻撃する。新日鉄は虎の子の一点を守ろうと必死でディフェンスに回る。完全に新日鉄ゴール前の攻防になってしまった。どちらも疲れている、ヘトヘトである。残り5分、バックスタンドの一角に詰めかけた、たった20人程度の大分の応援団は、声をあわせ、太鼓のリズムに合わせて有りったけの声を上げて応援する。
守り続けた新日鉄の選手の気力はとうとう、その大分の応援団の声援と太鼓の音に突き破られてしまった。ゴ-ル。主審の笛が鳴る。残り3分。同点である。新日鉄の選手はグランドに腰を降ろし落胆の色は隠せない。同点によるPK戦、選手は気力が戻らない、新日鉄PK3人失敗。PK戦による逆転負けである。
私は試合を観戦してチーム力を比較してみた。個人能力も組織力も新日鉄の方がわずかに上に見えた。これはひいきではなく、冷静に中立の立場で見てである。ほんの僅かであるがそう見えた。しかし、逆転負けである。それがサッカーである。強い方が勝つとは限らないのがサッカーである。では何故負けたか。それは競技場を包む気力の集合がどちらが大きいか、それが勝敗の分かれ目になると思う。選手・スタッフ・サポーターと呼ばれる応援団、三位一体となった気力の輪、それが競技場内に吹く優勢という風向きを変えるのです。90分間続いた大分の応援団の声援。特に残り20分頃から4人の若い女性が立ち上がり、黄色い声で大分と連呼する声援は会場を包み、まるで大分のホームと化していた。
気力の輪で負けたのです。選手はよく頑張ったと思います。しかし選手の強化だけでは勝てる試合も勝てません。サッカーは地域と地域の戦いです。学校の運動会でよく地区リレー競争というものがあります。自分の住む町内の生徒を応援して興奮するものです。KyuリーグはJ・リーグの下の下のリーグです。どの程度のレベルであろうかと半信半疑でしたが、決して草サッカーではありません。技術もあり組織プレイも行っています。地元のひいきチームを応援する気持ちがあれば、J・リーグを見ているよりも、もっと興奮して手に汗にぎり観戦することが出来るでしょう。そこには地域のJ・リーグが存在するのです。地元のチームを応援し、選手を励まし、気力の輪に参加してみてはどうでしょう。ブルックス・ダイエーでは所詮となり町の借り物と、どこか引っかかる物がありませんか。今回の観戦の率直な感想は、北九州が大分に負けたことが悔しい。そして、わが町の選手が可哀想でなりません。さて、地域のスポーツ文化を育てることを目的としたJ・リーグのお陰で、全国12の政令指定都市で、天候に難のある札幌を除き、プロ球団を持たない都市は北九州市だけになってしまった。
これからの展望として、J・リーグは16球団になり、JFLリーグも16球団になり、それぞれ市町村が力を入れている現状を見ると、32球団すべてがプロ化され、1部・2部リーグとして、J・リーグ事務所が管轄するようになるだろうと言われている。さて、この32の都市の一つに北九州市はなれるだろうか。それは北九州の市民が、地域スポーツ文化のあり方をどう考えるか。・・・である。
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この記事を投稿した年に、大分はJFLに昇格し一挙にJ・リーグに昇格していきました。北九州はこれから12年間、九州リーグに居つづける事になります。1999年に新日鉄サッカー部が廃部になり、もう一つ九州リーグに在籍していた北九州のチーム・三菱化成黒崎のチームを北九州サッカー協会が引き取り、新日鉄と三菱化成の選手を合わせて2001年にニューウェーブ北九州として新しくクラブチームを設立します。そして13年目の2008年にJFLに昇格。そして2年後、15年目にJ・リーグに昇格しました。私はその当時、J・リーグ昇格まで10年と予測していましたが、5年ほど長く掛かってしまいました。その間に多くのチームが先を越していきました。大分トリニータ・ロアッソ熊本・ベガルタ仙台等々、しかし、足踏みし追い越していったチームもあります。ヴォルカ鹿児島・Vウァーレン長崎。また途中で消えて行ったチームもあります、プロフェソール宮崎。北九州も危ない時期がありましたが何とかJ・リーグにたどり着いたのです。しかし、当時の予想とは違い37番目のJ・リーグチームとなりました。それだけ時間が掛かったと言うことです。