おいしくお茶を召し上がっていただくには、お客様の様子をよく観察し、お菓子を召し上がるタイミングや、お次客(お正客、その日の主客の次のお客様のこと)との時間的なバランスも大切です。


お茶は最もいいタイミングでお出ししたいですものね。そしてやはりそんな風に対応してもらうととてもうれしいです。

 

亭主役をやっていて水屋*の方が段取り良く準備してくださるととてもスムーズで助かったり、立場が変わると見方感じ方が変わります。一つのことを行うのにさまざまな立場を体験することで、多面的に物事を理解することができます。

水屋とは、裏方で準備を整え、茶席でのおもてなしが順調に進むよう、務める行為、とその場所を言います。お台所というような意味でしょうか。

多面的に物事を見るとき、ポジションという考え方をすると面白いです。


第一ポジションは、自分自身です。私の立場、
第二ポジションは、相手、茶室のお客様でしょうか。
第三ポジション、これは第三者の立場です。わたしとあなた以外のところから私たちを見ている感じです。

そしてその他に、メタポジションがあります。

全体を俯瞰する目です。天の目、全体を客観的にみている目、お稽古場でしたら先生の眼かも知れませんね。目線の位置が違っていて、もっと上から見ている感じです。そうするとよく全体が見えるのです。

お稽古の時、お手前の手順を間違えないようにと思っているときは自分自身の中に入っています。自分のことしか見えていない状態です。自分自身のことで精いっぱい。一生懸命です。

でも、お茶を美味しくお点てしようと思った瞬間に、お客様の事が意識に入っていいます。
第二ポジションも意識に入っている状況です。

つまり、第三ポジションから全体を見ています。

良く相手の立場に立って。と言いますが、なかなか難しかったりします。そんなとき、まさしくその相手の中に入っているのが、第二ポジションです。

そして第三ポジションは、ニュートラルな立場です。
どちらでもない公平な立場ですから、役目はないのです。お稽古場で言うと、その他のお客さまってことになりますが、お客さまでも亭主でもない位置づけです。

お客様をお迎えするとき、意識はとても自由に動くことが必要です。亭主になったりお客様になったり。

でもついつい、自分の役目にはまってしまいます。 自分自身は自分の役目に集中することが大切ですが、集中しながらも自由に意識が動くと、柔軟な対応ができます。

困ったことが起きたとき、自分自身の中に入って出てこられなくなってしまいがちです。

粗相があった時など、どうしよう。

大変!そんな気もちで穴があったら入りたくなってしまいます。          

          柄杓と建水

例えば、お客様の前で柄杓をとり落してしまいました。建水の上に柄杓を伏せて茶道口から入るのですが、このとき亭主役は、方向変換をして、ふすまを閉めます。そうした拍子に慣れないうちは柄杓を落したりします。 

そのときすかさず、「失礼いたしました。」とさりげなく柄杓をとり、水屋で清めます。でも、そんな風に機転がきけば本当に素晴らしいのですが、たいていはどうしよう。粗相に意識が行ってしまい、固まってしまいます。

そんな時こそ、第三ポジションから見る目があれば、柔軟な発想ができるのです。自分の役割に固まってしまうと動けなくなってしまいます。どうしたら、そこにとどまらず、前に進めるのか。ここではお客様が待っておいでですから、お点前を進めねばなりません。では、その場の粗相は、おわびしてスマートに進めることが大切です。
これは、日常でも言えることです。自分自身の不手際や粗相を責めるあまりそこから動けなくなってしまいがちです。しかし大切なのは目の前のお客様ですから、自分自身の役目を遂行するということが最も大切です。

「失礼いたしました。」スマートにさらりと申し上げるのも素晴らしい御作法であると思います。

 

 お役目というのは、目的のために大勢の人が、自分自身のパートを心をこめて行うということです。  私たちは、役目というと誤解しがちです。役になりきることで~せねばならない。~すべき。というところにとわられがちです。
でも、本当に役目は役割の分担はあっても、その精神はとても柔軟で自由なはずです。

役にとらわれず、役を超えてその目的を一つにした時、初めて本当に役割がわかるのでしょう。

それこそが、メタポジションの位置です。


お役目だからしかたなくやるのではなくお役目に息吹を吹き込む。

そうなったときに初めて本当のそのお役目が果たせるような気がします。

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