前回、
仏蘭西の若者たち。
西班牙で住宅を求めて街へ出た人たち。
そして世界各地で続いている農民たちの抗議。
一見まったく違う出来事を並べながら、
世界で揺れているのは、政治だけではなく「普通に暮らすための土台」そのものではないか❓
そんなところまで観てみました。
では、その暮らしの土台をもっと下へ降りてみると何があるのか❓
私はまず、
食べ物
だと思います。
けれども今回は、
「米が高い」
「野菜が高い」
という価格の話から始めたいわけではありません。
そのもっと手前です。
その食べ物を、誰が作っているのか❓
そして、
その人たちは来年も作り続けることができるのか❓
今日はそこを観てみます。
去年は「米がない」と騒いでいた
この島では昨年、米をめぐって大きな混乱がありました。
スーパーから米が消え、
値段が上がり、
政府備蓄米まで放出されました。
消費者から見れば、
「米が高すぎる」
という問題でした。
ところが一年が経つと、今度は景色が変わってきます。
農林水産省によれば、2026年8月末の民間在庫は150万玄米トン。
前年同月より66万トン多くなっています。
さらに、2026年9月14日の週には、小売価格が5kg平均2,934円まで下がり、年初から下落基調に転じていることが公表されています。
🔗参考資料
農林水産省「令和8年8月の米穀流通の動向」
米が増えれば、
「よかった。これで安くなる」
と思います。
消費者から見れば、それは当然です。
ところが生産する側から見ると、話は反対になります。
高すぎても困る、安すぎても続かない。
今年9月に開かれた農水省の食糧部会では、農業側の委員から非常に重い発言が出ています。
米の生産コストについて、農水省の指標では60kgあたりおよそ2万円程度とされる一方、
現場で提示される価格には、
1万2千円から1万8千円程度
という水準もある。
それでは、
「そもそも経営として成立しない」
という指摘です。
🔗参考資料
農林水産省「食料・農業・農村政策審議会 食糧部会議事録 2026年9月2日」
ここに、この問題の難しさがあります。
米が高ければ、
生活者が苦しい。
しかし、
米が安くなりすぎれば、
今度は作る側が続けられない。
どちらか一方だけを見ても解決しません。
消費者が買える値段。
そして、
生産者が続けられる値段。
その両方が成立しなければ、
食料の仕組みそのものが維持できないのです。
本当に怖いのは「米がない」ことなのだろうか❓
私はここで少し違うことを考えます。
昨年、
スーパーの棚から米が減った時には、
誰にでも異変が見えました。
しかし、
一軒の農家が米作りをやめても、
スーパーの棚は翌日には空になりません。
二軒やめても、
三軒やめても、
たぶん普通に米は並んでいます。
だから、
ニュースにもなりにくい。
けれども、
それが何年も続いたらどうなるでしょう?
実際、この島ではすでに農業者そのものが急速に減っています。
農林水産省によると、
農業経営体は2020年から2025年までの5年間で22.3%減少。
基幹的農業従事者は、2000年の240万人から2025年には約103万人まで減りました。
平均年齢は67歳を超えています。
さらに2026年の調査では、
基幹的農業従事者は初めて100万人を下回り、
98.7万人となりました。
🔗参考資料
農林水産省「持続可能な農業構造への転換に向けた取組」
これは、
ある日突然起きる食料危機ではありません。
もっと静かなものです。
作る人が、少しずついなくなる
私はむしろ、
こちらの方が氣になります。
農家は、米だけを作っているわけではない
農業をしている人が必要とするものを考えてみます。
種
苗
肥料
農薬
水
燃料
農業機械
乾燥機
倉庫
運送
そして人
つまり、
田んぼだけがあれば米ができるわけではありません。
その後ろには、
膨大な仕組みがあります。
そこで、以前から氣になっていた一本の線があります。
石油が危ない
↓
肥料が危ない
↓
農業が危ない
という線です。
少し単純化した表現ですが、
構造としては無視できません。
肥料は、畑の中だけで作られているわけではない
現代農業で使われる化学肥料は、
世界のエネルギー市場や鉱物資源と深くつながっています。
窒素肥料の代表である尿素などは、
その製造に大量のエネルギーを必要とします。
リンやカリウムも、
海外の鉱山や国際物流に依存します。
つまり、
石油や天然ガス、
資源価格、
為替、
国際輸送。
そうした遠い場所の出来事が、
最終的に、
この島の田んぼや畑へ届きます。
農水省の肥料価格統計を見ると、
2020年を100とした肥料の物価指数は、
2026年8月には149.8。
尿素やリン安など主要肥料原料の輸入価格も、今年大きく振れています。
🔗参考資料
農林水産省「肥料の価格情報」
農産物の価格だけを見ていると、
この後ろ側が見えません。
スーパーに並ぶ野菜の値札には、
肥料価格も、
軽油も、
機械代も、
物流費も、
全部つながっているのです。
そして今年は「天候」まで安定しない
もう一つ、
今年になって私が身の回りで何度も聞くようになった言葉があります。
農業をしている人たちから、
「今年は出来が悪い」
という話をよく聞くのです。
もちろん、
身近な人たちの経験だけをそのまま全国へ広げることはできません。
地域によっても、
作物によっても違います。
けれども、
公的な資料を見てみると、
似た現象が各地で報告されています。
農林水産省が9月30日に公表した10月の野菜生育見通しでは、
9月の
長雨、
日照不足、
低温
によって、
白菜、
キャベツ、
ほうれん草、
ブロッコリー、
レタス、
きゅうり、
なす、
トマト、
ピーマンなど、
多くの作物で生育の遅れや不良、着果減少、歩留まり低下が報告されています。
🔗参考資料
農林水産省「野菜の生育状況及び価格見通し(令和8年10月)」
ここでも、
単に、
「今年は雨が多かった」
というだけではありません。
農業に必要なのは、
一年平均で雨が何ミリ降ったか?、
だけではないからです。
必要な時に、必要なものが来る
植物には、
その時その時があります。
種を播く時
芽を出す時
花を咲かせる時
実をつける時
太る時
収穫する時
その時に、
雨が必要なのか?
晴れが必要なのか?
暑さが必要なのか?
涼しさが必要なのか?
それぞれ違います。
平均すれば、
「平年並み」
だったとしても、
必要な時期に必要なものが来なければ、
作物にとっては平年ではありません。
これは、
実際に土に触れている人ほど感じることなのかもしれません。
工場とは違う
農業を考える時、
私はここを忘れてはいけないと思います。
工場であれば、
需要が増えれば増産する。
需要が減れば生産を絞る。
ある程度、
人間の都合で調整できます。
しかし、
米を今年足りないからといって、
来月二倍作ることはできません。
野菜も同じです。
種を播き、
育て、
待つ。
その途中には、
雨も、
風も、
虫も、
氣温も入ってきます。
つまり、
農業にはどうしても、
人間だけでは決められない部分
が残ります。
作る人が減る時に、氣候まで揺れる
ここで二つを重ねてみます。
一つは、
農業をする人が減っていること。
もう一つは、
作物を育てる環境が以前より読みづらくなっていること。
これが同時に起きたらどうなるのでしょう。
作る人が減る
残った人の負担が増える
資材価格が上がる
氣候が安定しない
収量が振れる
価格も振れる
そして、
高くなれば消費者から
「高すぎる」
と言われ、
安くなれば、
作る側が続けられなくなる。
かなり難しい場所に来ています。
農業をやめるということ
会社員なら、
会社を辞めても、
その人の持っていた机を別の人が使うことはできます。
農業は少し違います。
田んぼがあります
畑があります
水路があります
農機があります
そして、
いつ種を播くのか?
どれくらい水を入れるのか?
この土なら何が育つのか?
今年の空ならどうするのか?
そうした、
数字にしにくい経験があります。
一人の農家がやめるということは、
一人の労働力が減るだけではない。
その土地について蓄積された、
記憶まで一緒に失われる
という面があります。
そして、
一度失ったものを、
「米が足りないから来年から戻してください」
と言っても、
簡単には戻りません。
食料危機は、いつ始まるのだろう❓
「食料危機」と聞くと、
スーパーの棚が空になる光景を想像します。
けれども、
本当にそこが始まりなのでしょうか?
もしかすると、
棚が空になる頃には、
かなり前から始まっている。
農家が一軒、
また一軒とやめていく。
耕作されなくなる田畑が増える。
農機が手放される。
技術が継承されなくなる。
肥料や燃料に依存した仕組みが、
外側の変化に大きく振られる。
そして、
氣候まで読みづらくなる。
その積み重ねの先に、
スーパーの棚がある。
そう考えると、
食料危機とは、
「食べ物がなくなった時」に始まるのではなく、
「食べ物を作り続けられる条件」が失われ始めた時から、すでに始まっている
のかもしれません。
では、私たちは何を食べてきたのだろう❓
ここまで考えていると、
次に別の疑問が出てきます。
そもそも、
この島で暮らしてきた人たちは、
何を食べてきたのでしょう?
今のスーパーを見ると、
世界中の食材があります。
パンもある
肉もある
乳製品もある
加工食品もある
一年中、
ほとんど同じものを食べることもできます。
とても便利になりました。
けれども、
ほんの百数十年前まで、
この島の人たちは、
今とはかなり違うものを食べ、
違う身体の使い方をして暮らしていました。
そして食生活は、
明治維新を境に変わり、
さらに戦後、
もう一度大きく変わっていきます。
その変化によって、
私たちは何を得たのか?
そして、
何を失ったのか❓
ここを見ないまま、
これからの食を考えることはできないように思います。
次回、
《島民は何を食べてきたのか❓》
江戸末期から、
明治維新、
そして戦後へ
この島の「食べる」という営みが、
どのように変わってきたのか❓
少し時間を遡って観てみたいと思います。
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ai-kusunoki & 「6」
構造で読む力を、暮らしの中心に。

