自分に責任が無くとも、頭を下げなければ行けない状況ってものが
大人 社会人 になると当たり前の様にある。
解せない感情を押し殺して 頭を下げるまでの状況には「相手」がいる。
その相手の為に 「自我」 を押し殺しても そうしなければいけない
もう片方の天秤に乗っている 物事の重さがあるからできるのだろう。
くだらない物事なら投げ出せばいい。
そんな時はこう。
天秤の対称側にある 物事の重さがあるってことがすばらしい。なんて思うとか。
それでも 私には守らないといけない物事があってなんて幸運だ!
なんて思えるわけではないけれどね。
常に変化する状況と調和するのは難しいけれど 快感 に値する。
何度も何度も失敗して身につけた調和する能力は投げ出さなければ身に付くんじゃないかな。
ただ目の前の状況を感じて 力を抜いてさ 調和しようじゃないですか。
楽しんでやろうじゃないですか。
あいつが走りすぎるんだ!!なんて言い続けても仕方ないから
快感に変えてやろうじゃないですか。
そんな姿はきっとオーディエンスさえも気持ちよくなれるはず。