過去というものは存在していなくて。
少なくとも過去の世界は
現在ではまだ解明できないから行くこともできないし
ぼくたちの「記憶」以外には存在しない。
「こんな楽しいことがった」「こんな辛い時期もあったね」
というのは記憶の保持者がいなくなった時それは「無」になってしまう。
今日もまた新しい世界の一片を覗き見て
今まで接することなかった「サラリーマン」という人間にある程度の深度で接すると
それは自分の世界に存在していた「根性」とか「継続」という言葉とは
意味合いが全く異なるベクトルだと知りました。
いつだったか初めてブルーハーツの
「トレイントレイン」を聞いた時の様な美しさというか儚さを感じましたよ。
自分の席を必死に守るために時に手を繋ぎ、時に裏切りながら
列車に乗って生きて行くという覚悟と守るべき何かを
彼らの背後に薄っすらとそれが見えた時に
20代前半でサラリーマンをしていた時には感じ取れなかった
その新世界は 脳内でイメージしていたものより遥かに超越した
泥臭い人間社会でした。
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり一度生を享け、滅せぬもののあるべきかこれを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ