早朝のスキー客に紛れて、昨日、
東京駅から朝一番の上越新幹線に乗りました。
先日逝去した・レコーディングエンジニアの
赤川新一さんの葬儀に出席するため
冬空の新潟へ。
新潟駅で
赤川さんを通じて繋がった地元の皆さんと合流し、
一緒に葬儀場へ向かいました。
会場ではそうそうたるアーティストや、レコード会社など、
音楽関係者からの立派なお花がズラリと立ち並ぶ中、
祭壇の棺に眠るご本人に対面。
闘病がどれだけ凄まじかったかを感じさせる
ぎゅっと痩せて小さくなったお顔・・
胸が締め付けられる思いでした。
そんな沈痛な空気の中、葬儀は進み、
ご本人と最後のお別れ。
出棺を見送った後は
寒い冬の新潟で、胸の中にポッカリ穴が開き
隙間風が吹いてるような虚無感に襲われました。
心に風がヒューヒュー吹き抜ける・・。
人生なんてあっけなさすぎる・・。
もう、心が寒くて寒くて。
でもその後、
赤川さんの同級生や仲間の皆さんと
少しお話をする時間があったおかげで
私の冷えた心がまた体温を取り戻しました。
皆でまるで同窓会のように
何度も赤川さんの名を呼びながら
彼の思い出話をしていただけなのですが、
途中から彼がフラッとここに現れそうなくらいの
そのリアリティにうっかり騙され、
お別れの悲しみや寂しさが
不思議にも少し和らいでいったのです。
もしかしてこれが何よりの彼の供養、
そして残された人々のカタルシスなのかもしれませんね。
今回、
正直辛すぎるお別れに行くのを戸惑った葬儀でしたが
今となっては本当に行って良かったです。
きちんとご本人に感謝を伝えて、お別れをできたこと、
そして一人でウジウジ思い出しては涙するはずの時間が、
共通の知り合いの皆さんとの心通う時間に
変わってくれたから。
亡くなった人の肉体や魂はどこに行くのか、
または消えてしまうのか、、
死んだこと(記憶)のない私たちは
本当のことはわかりませんが、
この時代に、この姿で生まれた肉体の人生は一度しかなく、
そこでめぐり会い、共に過ごした人たちとの記憶や思い出は
そのままその人の存在証明です。
当事者たちが故人を思い出し、語り合うことで
その人の死後も一緒に生き続けることができるのでしょう。
もう「お疲れ様!」と暖かい手で握手したり、
笑顔を交わして喜び合うこと、心から語り合うことも
一緒に美味しいご飯を食べることもできませんが、
これまで共に過ごした皆さんの記憶を共有しながら
またこれからも一緒に生きて行こうと思います。
関わり方が変わっただけ。
そう思うことにします。
2018年、雪景色の寒い新潟の冬。
帰りの新幹線からみた新潟の田園風景は
行きのどんよりしたグレーと違ってて
少しだけ優しい光が差し込んでるように見えました。
赤川さん、
遠いどこかで、その優しい眼差しで
毎日あがいてる私たちをどうぞ見守っててください。
そしてまた来世のいつか、
どこかでしれっと出会いましょう。
また一緒に素敵な音楽を作りましょう。
その日を今から楽しみにしています。

