【日常】春節のおわりに | ++ W   a   v   e   r  e   r   s ++

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【Waverer】:揺 れ 、 惑 う 人 び と+【Waver】:震 え る、 た め ら う、 よ ろ け る+【Wave】:波、 感 情 の 高 ま り 、波 紋++【wafin】:初出、12世紀以前、古英語:++『 揺り 動かす 』 『振 り 回 す』


友人が言った。


「納得できないことがある」


私は言った。


「それは、何か?」


友人は応えた。


「春節に間に合わない。帰国の飛行機のフライトが遅れる。2週間前の天気予報のせいで。」


私は聞いた。


「では、到着はいつになったのだ。」


友人は嘆いた。


「2月3日の、夜。」


私は、尋ねた。


「ならば、春節最後の2月4日に、辛うじて間に合うではないか」



しかし、友人はやはりなげいた。



「それでも、その日が終われば、次の日からは、仕事始めだ」




すなわち、

春節期間という、祭の空気そのものに浸っていたかった。


そして、それは、1日などでは到底たりないというわけなのだ、中国の人々にとっては。



昨今、私も含め、

この国では、寝正月が一般的だ。


初詣は、儀礼と習慣以上の意味はない。


おそらく、正月に帰国できなくて嘆く日本人は、休みがもらえなかったビジネスマンか、

親戚に会えないことを残念に感じる人情家だろう。



なぜなら、この国の三が日には、

正月は、あっても

春節は、ない。


イベントは、あっても

祭は、ない。



これが

なにがしかの、違いというのだろうか。



国境を、異にするものの。


あるいは、大陸と、島の。



そんなステレオタイプな言葉で解析できるか、

はなはだ疑問ではあるところだが。



ニンゲンの、違いだろう。恐らくは。


集団の性質の違いであり、

国、民族、国境、地理条件、


それは

集団・組織に影響するものの、

どこか、

後付にも聞こえる。



『大陸だから、このような民族』

『騎馬民族だから、荒々しい』


それはいかにも、

あとからとってつけた


仮設スタジオのように、もろくはかない議論に聞こえてならない。


集団なのだ、ひとつの。



民族、国家、それは

集団に、面倒くさい、かつどこか不適切で不協和音な響きを、

無理やり当て嵌めたボキャビルのように、

考える。


春節、

正月、



それは


漢民族と

大和民族の相違では、なく、



ある集団と

他の集団の


性質の違いの現れ、であるだけではないだろうか。


そうであれば、


世の中が少しは、何か違って見える気もするが、

同時に、


結局のところ、本当は、結論は煮え切らないものに、なりそうだ。


いや


どうなのだろう。


実に、

悩むところだ。



この『煮え切らない』曖昧な、感覚、



結句のない詩のような世界で、

それを、覚えておいた方がいい、


そんな、気がする。


答、解答、正解、結論、

わかりやすいものなど、ごくわずかにしか存在しない。



文化や民族、国家に関する考察でも、

それは

いつまでも

『煮え切らない』ままのものであるような、


そんな、気がする。