【QRU'AN】井筒訳はフリューゲンル版、藤本訳やエジプト版をベースにしたための違いもあるだろう | ++ W   a   v   e   r  e   r   s ++

++ W   a   v   e   r  e   r   s ++

【Waverer】:揺 れ 、 惑 う 人 び と+【Waver】:震 え る、 た め ら う、 よ ろ け る+【Wave】:波、 感 情 の 高 ま り 、波 紋++【wafin】:初出、12世紀以前、古英語:++『 揺り 動かす 』 『振 り 回 す』



コーランは、


教典

である以前に、




芸術で、あった。





井筒訳の、


挑戦的な、意図と思索をこめた口語訳が

それを、教えてくれた。




藤本訳は、


それに比べると、
若干、一般向けで、わかりやすくなって、テキスト(教科書)調であるため、

原典

というよりも、

解説書

としてついつい扱ってしまいそうになるが、

それでも、美しさがある。


滑らかさ、とも言えるかもしれない。





井筒訳の、荒削りな芸術性
藤本訳の、なめらかな、解釈。





翻訳解禁ののち、

このふたつしか、今のところコーランの日本語訳が存在せず、

聖書にくらべ圧倒的に知名度が低いのは、




翻訳版普及時期の遅さのせいだけではない。





英語やラテン語の、

「教科書」の和訳は、比較的、可能な作業であっても



ひとつの、高度な計算のもとの、

まさに、イスラム絵画の幾何学のような、
緻密な構成の、芸術作品の、作風を、損なわずに


トランスレイトするというのは、



比較してみれば
いうなれば




木星に3日で行くほうが、
まだ易しいくらいのことではないか?