社会を変える教育
12月19日から6日間大学の講義があり2科目の講座を受講があり、
現在も受講期間ですが、立った2科目の講師でも天と地の差がある。
最初の講義はとても有意義な講座であり、自分自身の新しい人生を
これから方向づけできるようなとても型破りな授業でした。
今まで受講していて大学とはこんなに規則に沿って、教授や講師が
一方的に自分の知っている知識を伝えるのだが、自分だけが理解し
学生が理解しているか否かは関係ないのだ。
それどころか、学生が困っていても気づこうとも努力をしていない。
学生も何をしに大学へ通っているのか?ふと疑問に感じる。
社会に出てから大学へ通う今日この頃だが、求めるものはかなり大きく
更に言えば、もっと大学という教育現場とはこうだろうなといったイメージがあった。
しかし、現実は義務教育に毛の生えたようなもので、何も変わらないどころか
義務教育より劣化しているのかもしれない。
それを覆し、これこそが大学に求めていた教育だと知らされたのが、
今回の初日から3日間教わった島田薫教授の授業である。
まず、形式にはまった授業形式ではなく、教科書も使わない。
本当の意味で人生観と教養を身に着ける人間の生き方の根源を教えていただいた。
教育というものの大切さも受講している自身そのものが実感できた。
こういった授業が全国でどの程度あるのか?そして大学教授や講師が
自己満足だけで終わっているマスタベーション的授業が8割くらいあるのではないでしょうか。
これで、社会に適応能力のある学生の排出を求める企業が採用するはずがない。
優秀な人材というものの概念を勘違いしている。
これは大学側も企業側もお互いに差異があり、お互いに優秀の価値を間違えている。
学問の世界では優秀でも、それはあくまでもその世界でしか通用しないのだ。
それはそれで、研究する分野に生きる方にとってはとても重要なことだが、
大学授業が十派人柄下にされているのがとても危惧される。
今回2講座目の講師はとても指導する分野に生きる方としてはかなり優秀なのかもしれない。
しかし、人として思いやりがない。学生がノートを取っていようがスクリーンを自分のペースで
どんどん送り、書いている途中から次から次へと内容が変わり、その間にあらゆる説明をする。
しかも記憶とは曖昧なものでいい加減なものだと教えておきながら、聞いて覚えるしかないような
スタイルで講義を進める。これは講師の一方的な押し付け授業の他ならない。
そして、授業の冒頭であれこれ禁止事項やルールを徹底させて講師の思い通りのスタイルに
抑圧し、講義もどんどんじゃんじゃん進めていく。一体これで理解できる学生はどのくらいいるのか?
そして、講座を受けてどれだけ満足し、自分自身の糧になったのであろうか?
少なくとも意義ある講義をしてプロの教育者であると思う。
プロでない教育者に教育を受けた学生が劣化するのは当然の結果ではないでしょうか!
指導者の教育から改めるべきではないかと気づいた今日この頃であった。
最後に島田薫教授のような指導者がもっと大学改革をしていただけたら素晴らしい
社会人が多く世に羽ばたくと思います。
まずもって感謝いたします。40歳になって改めて「気づき」の機会をいただけて有難うございました。
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