楽しみも低俗化すると…
このところ年末になるとその年の流行語大賞が話題になる。
今年の流行語大賞のノミネートがいくつかある。
「お・も・て・な・し」 「いつやるの・・・今でしょ!」 等々。
これらはなるほどと思うところもないわけではない。
毎年恒例になったのは年末の楽しみの一つとしてはいいね。
ノミネートは誰が決めて、誰が審査してるんだろうといつも思う。
ノミネートに苦しんでいる様相が今年はうかがえる。
何故かわからないが、気持ちを盛り上げ、楽しませるのは企画的に良い!
ただ、一方で、こんな言葉が流行語にノミネートされている。
「PM2.5」 「汚染水」 など国際的問題、社会問題、福島第一原発事故問題
いづれにしても人の生命に関わる問題を流行語とは節操がないというレベルか、
それよりも低俗するぎる。これを流行語大賞にすることはないだろうが、
ノミネートすること自体が低俗というかあきれてものが言えない。
これほどまでに日本人が低レベルなことに盛り上がるようになったのか。
恒例というのは人が喜んで楽しめるものであったり、伝統的に継承して誇れる
さらには人の心を掴めるものであってほしい。
福島第一原発の放射能汚染問題は今も深刻な問題で、世界中で注視している。
他人事ではないくらい大きな環境に進展していく可能性があるからだ。
その位大きな問題のひとつである、汚染水問題を流行と呼んでいること自体が
日本人の恥。もう少し人として考えて実施、実行していくことを望む。
せっかく盛り上がり、多くの人が一言一言の面白さや流行性を期待し、
自分たちも一緒になって、はやり言葉を使って楽しんできた恒例行事。
この流行語大賞が毎年恒例で行われ、継続されるのであれば、
政治的、社会問題等、人の生命や心の問題に触れるようなものはノミネートしない事を望む。