ベビーカー論争
今テレビを見ていたら、初詣でのベビーカー論争のニュースでした。ベビーカーについて思うことはいっぱいあります。NYに住んでいたことがあるのですが、NYは、ベビーカーの人がいたらすぐに誰かがヘルプします。年配者、スーツケースを持って困っている人誰でも助けます。私もその習慣が好きなので、日本でベビーカーの人が階段のところのいたら、必ず声をかける様にしています。できるだけ助けてあげたいと思っています。ところがある日、電車を降りようとしたところ、ドアが開くとベビーカーが出口を塞ぐ様にスタンバっていました。なので出るのにドアにぶつかりながら降りる様な形に。これは、いくらなんでもおかしい。いくらベビーカーでも、降りる人が先なのは当たり前、先にベビーカーが乗ってしまうと、乗り降りの効率が悪すぎる。そして、ちょっとした段があったら助けてあげたくても(実際はなかったですが)後ろから降りる人がいるので手伝ってあげられない。ベビーカーの人が、遠慮してたら電車に乗れない、遠慮する必要はない!って思う気持ちもわかります。その通りだとも思います。ですが、その前に”人としての行動”を前提にしてです。『思いやり』ニュースでも言ってましたが、お互いの思いやりがあってこそなのに、、、そういうことをされてしまうと、助けたいって思っても助けられない状態になるし、だから逆に迷惑だって思う人がいるのかもしれないと、思わせてしまいます。(ほとんどのベビーカーの人は、こういうことをしていないと思います)昔は、思いやりって言葉をよく聞いた気がします。親からも学校の先生からも、部活でも、習い事でも、友達の間でも、、、そう思うと、最近聞くことがなくなった気がします。震災の時の日本のおもいやり、いざという時は素晴らしい日本人なのはわかっています。でも、どうせならいつもいつでも思いやりの気持ちを持って人と接することができたら、きっと毎日の生活での忙しさやストレスフルの重い気持ちが楽になるのではと思います。