今から6年前。
わたしはこの場所にいました。
今では時効と思ってオープンにしますが
このレース前のサイン会に参加させてもらいました。日本から来たということでアンジェモさんのファンの方より
場所をあけてもらって入ったのですが
この時初めてヨンハ君と触れ合いました。
その前までは兄さんのイベントの時に出てくるお名前としてしか接点はなく・・・
韓国のファンクラブとはつながりが深く、兄弟FCのような関係でした。
兄さんは日本進出の時の雑誌のインタビューでファンとのかかわりあい方をヨンハ君に教えてあげた、などといつもの上から目線で可愛がってました(・∀・)
兄さんが可愛がるからわたしたちも可愛がる・・・そんな感じで。
この時、アン・ジェモさんがなかなかサインを書き終わらず
黙ってヨンハ君がサインを渡すのを待っていた
(兄さんはノルマがあるの?というくらい顔を上げずにひたすら書き続けていたし笑)
そしてそーっと笑顔でお辞儀をしながら手渡してくれるヨンハ君に
大人しい方だな、って思っていました。
そのころも充分に人気者だった方なので本当に
兄さん目当てで来ているのにサインまで恐縮!って思っていたんですよね~
兄さんにとっては
本当に弟のような関係だったんですよ。
初めて兄さんのミニホを見たとき、たくさんヨンハ君との写真にあふれていたし
オフでもいっつも一緒。
そういえば、
グァンヒョン君もアメブロさんだった!と思いだしてブログを覗くと
そうですよね・・・グァンヒョン君もショック状態。
そして車仲間のウォンジュンさんと
ジンピョさんも弔問。
去年の7月ミューハイにでて嬉しそうだったまんねちゃん。
ミューハイにヨンハ君出演!って聞かされた時に
僕たちほんとの兄弟みたいに仲がいいんだよ(・∀・)
とPDさんに話していたくらい仲良しさん。
キボム君と一緒に朝から弔問に来てくれたようです。
別の写真では顔が真っ赤になって泣き腫らした姿が出ていて
見るのも辛かったです。
同じレコード会社でもあったし、ゴールデンディスクニューアーティスト賞をもらった時
一緒に賞をもらった中だったこのふた組。
同じ日に運命が大きく変わりましたね。
タレント パク・ヨンハは自殺前日タレント リュ・シウォンのマネージメント会社である
Rsカンパニーのヒョン・ジェウォン理事にこんな風に話した。
ヒョン理事は29日夕方8時ごろソウル サムソン洞Rsカンパニー駐車場でパク・ヨンハと会った。
「退社しようと出てきたけどパク・ヨンハが僕を見て駆け寄ってきて 少し話ができる?と言って
1時間ほど話をした。」ということ。
ヒョン理事は「ヨンハはこの日も普段しない話をたくさんした」として「特にお父さんについて心配をたくさんしていた」と明らかにした。「ヨンハが ”旅立つ日まで、静かに送りたい”というので「僕が手助けすることができなく申し訳ない」と伝えた。「大丈夫だ」と言った、と伝えた。
「ヨンハは「お父さんの闘病に慣れてしまった。次第に慣れる僕が悪いヤツのようだ」とお父さんに対して
罪悪感のように思っていたようだと感じた。
パク・ヨンハは俳優として長く残りたいといった。
ヒョン理事は「ヨンハは「演技をずっとしたいし、良い配役があったら軽重をわきまえず頑張りたい」といった。
また「歌はとても好きでしたいけど本業は俳優」として「自分の想いは間違ってないか」と問うので
「君はいい俳優になることができるから君が思うようにしなさい」と話した、と公開した。
特に「リュ・シウォンと一緒にドラマ出演をしたいと、具体的な話が出てくるほど意思が強かった」として
パク・ヨンハの自殺を実感できなかった。
(中略)
ヒョン理事は「いままでは僕はヨンハをたくさんひきとめたがこの日に限ってヨンハが僕を引きとめた」と悲しんだ。
「ヨンハが<兄さん、したいことをしながら幸せに暮らしたらいいよ。奥さんにも好きだとゼッタイに言ってよ」と言った。」と、悲しんだ。
「いつもそんな話をしたことがなく感じが違った。今考えてみるとまわりの人たちに最後のあいさつをしたようだ」と惜しんだ。
一方東京でコンサートを開催するリュ・シウォンはパク・ヨンハの自殺の話を聞いて
パニック状態に陥ったとわかった。
Rsカンパニー関係者は「何も言えない状態だ。すぐに明日公演なのでとてもつらそうで心配」と苦しいと言った。
いつも一緒にいるからこそ、
兄さんがどんな思いで日本にいるのか?そう気になります。
パニック。なるかもしれない、可愛がっていたヨンハ君の死。
マンションも一緒なんだよ、窓を開けるとヨンハが見える。
おかしな2人だぁ~って思ったな。
このニュースを知ったのは相方さんのブログ。
ちょうど電話中で ブログを見たときに衝撃すぎて会話ができないくらいでした←勤務中に見るなよってね。
レースをしていた時もあったから
事故?と思ったけど・・・。
自殺は悲しくてツライんですけどね。
でも、仕事のことではなく家族のことを考えてこの世を去ったのならば
それは残された家族が一番ツライことで
限られたお父さまの思い出を作ってあげるという家族の役目を放棄したこと。そんな風に思います。
ガンの末期症状だったお父さまの看病?
わたしだって、いつお別れが来るかわからない、見えない父の足をマッサージしたり
腕でさすったり、バカ話をしたり・・。
そんな辛くて楽しい思い出も生きていたからできたんだよ。
今回の <ガン><お父さん><マッサージ>そんな単語を見て
わたしが消していた現実がよみがえってきて
ツライですわ・・・。
わたしだって、こんな風な毎日に慣れて笑っていたわけじゃないもん。
父が見てないところで日々泣いてくらしていたんだもん。
経験者だもん。家族が楽しそうに笑いながら父を囲むことがどれほど
幸せに思ってもらえたか・・・、
それに気付いて頑張ってほしかった。いや、頑張ってほしいな。
起きてよ、ヨンハ君。
こんな風に家族やファンを残して姿を見せないのはヒドイ行為ですよ。
どうか、この先ヨンハ君のもとへいくお父さまをちゃんと受け入れて親孝行してあげてください。
いつまでも優しく可愛がってもらえるヨンハ君でいてください。
また起きて
歌を歌ってね。
おやすみなさい、ヨンハ君。
photothanks:ayumiちゃん Ryusiwon 他写真の中に掲載箇所あり












