オオカミ少年 | Yukako*:)☆Blog

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今日は考えさせられる話☆

「オオカミ少年」の話の教訓は
「うそを何回も言うと、人は信じなくなる」
という簡単な解釈で済ますのが普通だろう。
しかし、これはとても愚かな人間の発想である。


イソップが言わんとすることは、全然別なところにある。
どういう事かというと、村人にとって羊は財産であり、その番を少年に委任した。

任せた人が「オオカミが来たよ」と言ったなら、村人は財産防衛のために行かなければいけない。
少年に見張りを頼んでいるのであって、闘えとか捕まえろとか言ってる訳ではないのだから。
ところが、村人は馬鹿だから、行って自分の目で見て、耳で聞いて、身体で感じてオオカミはいなかったと思ってしまう。
「俺が見たときいないじゃないか」これが事実であり、真実だと思いこみ、イコールで結んでしまう。


そういうロジカルシンキングをしていくと、「少年はだましたんだな」ということになり、自分はだまされたんだという結論に達する。

二回目も三回目も同じ。
そして四回目に「オオカミが来た」と言ったときには、羊は喰われていた。だから少年はいけない。

これは、村人側の浅いロジカルシンキングなのである。


ひょっとしたら少年は、オオカミをちょっとだけ見たかもしれない。人間を騙すためのオオカミの戦略だったかもしれない。こんなふうに、いろいろなことが考えられる。

別の見方をすれば、村人は、少年を嘘つきと思った段階で少年を交代させなければならなかった。新しい委任者を選ぶ必要があった。
それを選ばなかった。これは村人の怠慢である。
また、村人はだまされても行くべきだった。毎回本当だろうと思って行ってみて、オオカミがいなかったら「ああよかったなぁ」と考えるべきだった。
それをしていれば、財産である羊は全部喰われなかったのだ。

これは、人間の思いこみの悲劇というものと、いったん任せた者に対して任せっぱなしにした愚かさという問題と、自己防衛できない羊の情けなさという問題、
そして、自分の財産は自分で守るしかないよということを、イソップは忠告的に教えている話なのだ。


(宮川俊彦「本当の日本語力もってますか」―より抜粋)



この文章はどこかの入試問題でありました。
どこかは秘密ね(笑)

色々な意見あって考えさせられたなー!

長文になっちゃったけど
最後まで読んでいただけて嬉しいです(人・∪・)ドキドキ