螽斯門 zhōng sī mén
螽斯はキリギリスのことで子孫繁栄の意味があります。
台北故宮博物院の大人気スター「翠玉白菜」にもこの螽斯(キリギリス)といなごが止まっています。
翠玉白菜 斜め上からのショット!
台湾の故宮博物院南院に貸し出しされていたときの写真です。白い白菜は純潔、たくさん卵を産む虫は多産の寓意がこめられていて、光緒帝に嫁いだ側妃・瑾妃(きんぴ)の寝宮(永和宮)で発見されました。虫と寵(寵愛)の音は調和します(chóngとchǒng)
瑾妃(きんぴ)はお姉さんで、珍妃は妹さんです。姉妹で光緒帝に側妃として嫁ぎました。
お姉さんは絵と料理が上手でしたが、太っていて美人ではなかったとされています。妹の珍妃は美人で光緒帝に寵愛されました。
ちなみに光緒帝の皇后(孝定景皇后/隆裕皇后)は西太后の姪(西太后の弟の側室の子)です。西太后が決めた結婚でした。
珍妃の井戸
西太后の命令で宦官に井戸に入れられ亡くなったと言われますが、真相はどうなんでしょう。
井戸の前の壁に以前は写真が飾られていました。でもその写真は人違いだと言う事で今は外されています。西太后は夢に珍妃がでてくるので、亡くなった一年後に遺体を引き上げ埋葬したそうです。それ以降は夢を見なくなったのだそう…
翊坤宮は光緒帝の選妃をした場所でもあり、明代清代の妃たちの居所でした。
ここにラストエンペラー溥儀の時代に取り付けられていたブランコのあとが見られます。いまは取り外されています。ブランコで遊んでいたのでしょうね。
幼くして皇帝になった溥儀は,宮廷内にあった電話であちこちにかけまくっていたそうです。いたずら電話して「私は皇帝です」と驚かせていたようです…
(私も自転車で周りたい…できれば電動自転車で…)
次は乾隆帝のお母さんの宮殿へ
乾隆帝は母の60歳,70歳,80歳のお誕生日を国をあげてお祝いしたそうです。1番幸せになった皇太后と言われてます。
天井の龍
龍は身分の高さだけではなく、水を司るので火事などから守る役割もあります。
壁の絵は乾隆帝からのプレゼントだそうです。
こちらは80歳の誕生日祝いの様子
乾隆帝がいかにお母さんを大事にしていたかがわかりますね。
お爺さんの清4代康熙帝が、まだ小さい乾隆帝を気に入り、母親を見てみたいと会ったエピソードで、乾隆帝の母は身体が大きく男みたいで、料理ばかりしていたそうです。康熙帝があったときも、着飾るどころか料理をする格好でまるで男みたいでびっくりしたそう。でも、康熙帝は「あなたは将来幸せになるよ」と言ったそうです。
乾隆帝の父、雍正帝のときから皇太子は立てず、乾清宮の扁額「正大光明」の裏に書いたものをおき、皇帝が亡くなったあとに開くようになりました。
つづく