6w4d、妊娠経過観察でクリニックへ。


前回受診は5w1dで6.9ミリの胎嚢が確認できた。卵黄嚢などは見えず胎嚢も小さかったことから、少し不安な気持ちを抱いての10日間だった。

ただ、ツワリは日に日に強くなり、普段よりずっと疲れやすいなど、明らかに体調の変化があったので、徐々に期待は膨らんでもいた。


血液検査をすませ、内診に呼ばれた。心拍が見えますようにと祈りつつ、内診室に入った。が、モニターに映ったのは、中が真っ黒の楕円のみ。思わず「ああ...。」と失望の声を漏らしてしまった。

医師が角度を変えつつゆっくり注意深く診ているのも分かった。けれど、心拍どころか卵黄嚢も胎芽も見えそうな気配すらない。ただひたすらに真っ黒な胎嚢しか見えなかった。「これが袋ですね。中は...見えませんね。」


HCGは20000以上に上がっていた。しかし、やはりこの段階で何も見えないのは、相当厳しいとのこと。医師の中では流産がほぼ確定しているような感じだった。今回で薬をやめてもいいけど、念のため次まで続けることもできると言われ、そうすることにした。次回は4日後。


ネットで色々検索すると、心拍は7wや8wになってから見えることもある、と書いてあるものもチラホラ見かける。

でも、想像するに、見えないのは存在しないということではなく、機器の精度や医師の技術などの理由で小さい段階では見えなかったものが、7,8週ではそれが見える大きさになった、ということなのではないかと。あとは着床位置によっては見えにくいこともあるだろう。

残念ながら、今回の私はどのケースにも当てはまらない気がする。そういった知識がある訳じゃないけど。モニターにはクッキリと胎嚢がうつっていたし、見えにくそうにしている気配もなかった。いくつかの角度から診てもいたようだったし。


というわけで、三度目、最後の移植も、残念な結果となりそうだ。ハッピーエンドではなかった。もっとも年齢的に、こうなる方が確率的にはずっと高かったわけだから、仕方ないといえばそうだけど。胎嚢まで見えたので気持ちがどうしても高まっていただけに(冷静でいようとは思ったけれど)、落とされるのはやっぱり辛いものだ。少しだけど、出産の病院はどこにしようかと検索したりもしていたし。


息子が生まれる前の、最初の流産の時は、驚き、悲しかったし残念だった。

息子が生まれたあとの今回の流産は、子というにはあまりにも未熟な、なにも見えてない状況だったけれど、それでも何だか、子を失ったという喪失感を感じる。


先日偶然見たテレビのトーク番組で、ゲストが、自分の生まれる前にも後にも、母はそれぞれ2-3回(正確な回数は忘れた)流産をした、という話をしていた。ブログを色々みていても、私には考えられないような回数の流産をされている方もみる。どちらが大変、とか比べるような話ではないと思うけれど、みなどうやってその悲しみを乗りきるのかと思う。


さて、不妊治療はこれが最後と決めていたので、この後は切り替えて新たな気持ちで生活をしなければ。4人家族でなく3人家族。兄弟でなく一人っ子。

そして、不妊治療のためにやめていた仕事の再開のための準備。不妊治療を限界まで引き伸ばしてしまったので、ゆっくりはしていられない。でもさすがに心が追い付かないな。

その前に流産の処置をどうするか、という問題もあるだろうし。


そんなこんなで長くなってしまったが、残念な結果となった。厳密にはまだ確定ではないのだけど、自分はどうも奇跡を信じる心の強さを持ち合わせてはいないようだ。もちろん心のどこかで、奇跡が起きてほしいとも思っているけれど。