2013年全日本選手権大会最終日、私は総合優勝に必要な換算点を計算していた。
スラロームとトリックが終了した時点で私の換算点は2000点。
仮にジャンプも優勝すれば換算点3000点となる。
対する羽釜選手の換算点は1813.60点。
ジャンプの実力は羽釜選手のほうが上である。
タイにはジャンプ台がなく、過去7年間、ジャンプの練習はカッティングだけ。
ランプワークは毎年の全日本選手権本番で調整する状態。
この状況から鑑みれば、私の飛べる飛距離は44mが最長と予測。
44mでさえ、飛べるかどうかわからない難しい飛距離である。
仮に私が44m飛んだ場合、羽釜選手は48.4m飛ばないと総合優勝は取れない計算になる。
言い換えれば羽釜選手が48.3mであれば私の総合優勝が決まる。
48m以上のジャンプは羽釜選手にとっても苦しい飛距離。
44mを私が飛べば、高い確率で総合優勝を取ることが出来ると想定した。
ジャンプ1本目。トリプルカットのタイミングが合わず、わずか36.4m。
ジャンプ2本目。1本目よりタイミングを詰めたものの、ジャンプ台直前で甘くなり38.6m。
この飛距離では羽釜選手がわずか41.8mを飛べば総合優勝は彼のものとなってしまう。
私は気が狂ったように叫び、気合を入れて3本目。
タイミングはものすごく詰まった位置だった。
ジャンプ台直前までボートにぐいぐい引っ張られながらの3本目。
明らかに40m以上は飛んだが、実際の飛距離は計測待ち。
桟橋に向かって滑り戻った時「野沢選手3本目43.2m!」のアナウンスが。
周りのみんなは喜んでくれたが私の気持ちは想定の44mに届かなかったので焦りがあった。
羽釜選手が47.4m飛べば、彼の総合優勝が決まる。
そして羽釜選手が出走。
1本目タイミングが合わず拒否。
2本目。遠目に見ても大きなジャンプ。飛距離が出たことを悟る。「飛距離47.9m!」のアナウンス。
羽釜選手も換算点を計算していたので、この時点でガッツポーズ。
3本目は40.0mと、2本目で優勝を決めてきたので距離は伸びず。
「また取られてしまった。あと少しのところでまた取られてしまった」
本当に悔しかった。
でもすぐに気がついた。この後に中村選手が飛ぶことを。
ジャンプの換算点は次の計算式で算出される。
(ジャンプの飛距離 - 25m)÷1000=換算点
私と羽釜選手のスラロームとトリック合計の換算点の差は186.40点。
47.9mが1000点の場合、1m=43.67点。
186.40点差を43.67点で割ると約4.3m差となる。
この場合羽釜選手は私の飛距離より約4.3m飛べば勝てる。
さて、ここで、仮に中村選手が50m飛んだ場合どうなるのか。
50m飛んだ場合、1m=40点まで下がる。
186.40点差を40点で割ると約4.7m差となる。
この場合羽釜選手は私の飛距離より約4.7m飛ばなければ勝てなくなるため、43.2mに4.7mを加えた47.9mが羽釜選手が総合優勝するためのボーダーラインとなる。
言い換えれば、中村選手が50m以上飛んでくれば、私の総合優勝が決まるのである。
厳密に計算すると中村選手の飛距離が50.2mの場合、換算点0.1点差で私の負け。
中村選手の飛距離が50.3mの場合、換算点0.63点差で私の勝ち。
これがわかった瞬間、私は中村選手を全力で応援した。
心の底から声を出し、力の限り応援した。

そして中村選手の1本目。大きい大きいジャンプだった。
「飛距離49.5m!」
誰よりも遠くまで飛んだジャンプだったが、50.3mには届かず。
中村選手の2本目。「41.1m」。残念ながら飛距離が伸びなかった。
そして中村選手の3本目。私は祈るような気持ちで応援していた。
彼のジャンプとともに、私の応援している体も一緒に飛んでいた。


















ものすごく大きいジャンプだった。
確実に1本目より飛んでいる気がした。
祈るような気持ちでアナウンスを待った。





そしてアナウンスが聞こえた。
「50.4m!」












人生で一番嬉しかった瞬間だった。
みんな喜んでくれた。






そして中村選手に精一杯のお礼を言った。

何故か中村選手の息子が泣いてしまった。

みんな一所懸命にお父さんのことを応援していて、すごいジャンプをしたのに、ジャンプ飛んだ瞬間から「野沢おめでとう!」。
勝ったのはお父さんのはずなのに、大人に騙された。。。
と感じたようだった。
そして羽釜選手と激戦の後の握手。


来年の戦いを誓った。
あの夏、言葉では言い表せないくらいの努力をした。
妥協せず、出来る事はなんでもやった。
仕事も忙しかった。
それでも、水曜日か木曜日にはジムで走りこみと筋トレをやった。
土日はとにかく滑った。
出張が入っても土曜日の早朝便で戻ってきて、空港から直接スキーサイトに向かって練習した。
日曜日出発の出張でも朝一で滑ってから出張に行った。
嫌いなトリックも練習した。
ジャンプのカッティングもたくさん練習した。
換算点差1.36点の勝利。
3000点満点で0.045%差。
ジャンプの飛距離に換算すると0.035m差。
こんな僅差での勝利だったけれど、勝負は勝負。
勝ちは勝ち。
本当に嬉しかった。
「準優勝は勝利じゃない。優勝じゃなければ負けなんだ。」
ずっと悔しい思いをしてきたからこそ、この勝利は嬉しかった。
2013年のあの夏、あの戦いを忘れない。
野沢祐介
スラロームとトリックが終了した時点で私の換算点は2000点。
仮にジャンプも優勝すれば換算点3000点となる。
対する羽釜選手の換算点は1813.60点。
ジャンプの実力は羽釜選手のほうが上である。
タイにはジャンプ台がなく、過去7年間、ジャンプの練習はカッティングだけ。
ランプワークは毎年の全日本選手権本番で調整する状態。
この状況から鑑みれば、私の飛べる飛距離は44mが最長と予測。
44mでさえ、飛べるかどうかわからない難しい飛距離である。
仮に私が44m飛んだ場合、羽釜選手は48.4m飛ばないと総合優勝は取れない計算になる。
言い換えれば羽釜選手が48.3mであれば私の総合優勝が決まる。
48m以上のジャンプは羽釜選手にとっても苦しい飛距離。
44mを私が飛べば、高い確率で総合優勝を取ることが出来ると想定した。
ジャンプ1本目。トリプルカットのタイミングが合わず、わずか36.4m。
ジャンプ2本目。1本目よりタイミングを詰めたものの、ジャンプ台直前で甘くなり38.6m。
この飛距離では羽釜選手がわずか41.8mを飛べば総合優勝は彼のものとなってしまう。
私は気が狂ったように叫び、気合を入れて3本目。
タイミングはものすごく詰まった位置だった。
ジャンプ台直前までボートにぐいぐい引っ張られながらの3本目。
明らかに40m以上は飛んだが、実際の飛距離は計測待ち。
桟橋に向かって滑り戻った時「野沢選手3本目43.2m!」のアナウンスが。
周りのみんなは喜んでくれたが私の気持ちは想定の44mに届かなかったので焦りがあった。
羽釜選手が47.4m飛べば、彼の総合優勝が決まる。
そして羽釜選手が出走。
1本目タイミングが合わず拒否。
2本目。遠目に見ても大きなジャンプ。飛距離が出たことを悟る。「飛距離47.9m!」のアナウンス。
羽釜選手も換算点を計算していたので、この時点でガッツポーズ。
3本目は40.0mと、2本目で優勝を決めてきたので距離は伸びず。
「また取られてしまった。あと少しのところでまた取られてしまった」
本当に悔しかった。
でもすぐに気がついた。この後に中村選手が飛ぶことを。
ジャンプの換算点は次の計算式で算出される。
(ジャンプの飛距離 - 25m)÷1000=換算点
私と羽釜選手のスラロームとトリック合計の換算点の差は186.40点。
47.9mが1000点の場合、1m=43.67点。
186.40点差を43.67点で割ると約4.3m差となる。
この場合羽釜選手は私の飛距離より約4.3m飛べば勝てる。
さて、ここで、仮に中村選手が50m飛んだ場合どうなるのか。
50m飛んだ場合、1m=40点まで下がる。
186.40点差を40点で割ると約4.7m差となる。
この場合羽釜選手は私の飛距離より約4.7m飛ばなければ勝てなくなるため、43.2mに4.7mを加えた47.9mが羽釜選手が総合優勝するためのボーダーラインとなる。
言い換えれば、中村選手が50m以上飛んでくれば、私の総合優勝が決まるのである。
厳密に計算すると中村選手の飛距離が50.2mの場合、換算点0.1点差で私の負け。
中村選手の飛距離が50.3mの場合、換算点0.63点差で私の勝ち。
これがわかった瞬間、私は中村選手を全力で応援した。
心の底から声を出し、力の限り応援した。

そして中村選手の1本目。大きい大きいジャンプだった。
「飛距離49.5m!」
誰よりも遠くまで飛んだジャンプだったが、50.3mには届かず。
中村選手の2本目。「41.1m」。残念ながら飛距離が伸びなかった。
そして中村選手の3本目。私は祈るような気持ちで応援していた。
彼のジャンプとともに、私の応援している体も一緒に飛んでいた。


















ものすごく大きいジャンプだった。
確実に1本目より飛んでいる気がした。
祈るような気持ちでアナウンスを待った。





そしてアナウンスが聞こえた。
「50.4m!」












人生で一番嬉しかった瞬間だった。
みんな喜んでくれた。






そして中村選手に精一杯のお礼を言った。

何故か中村選手の息子が泣いてしまった。

みんな一所懸命にお父さんのことを応援していて、すごいジャンプをしたのに、ジャンプ飛んだ瞬間から「野沢おめでとう!」。
勝ったのはお父さんのはずなのに、大人に騙された。。。
と感じたようだった。
そして羽釜選手と激戦の後の握手。


来年の戦いを誓った。
あの夏、言葉では言い表せないくらいの努力をした。
妥協せず、出来る事はなんでもやった。
仕事も忙しかった。
それでも、水曜日か木曜日にはジムで走りこみと筋トレをやった。
土日はとにかく滑った。
出張が入っても土曜日の早朝便で戻ってきて、空港から直接スキーサイトに向かって練習した。
日曜日出発の出張でも朝一で滑ってから出張に行った。
嫌いなトリックも練習した。
ジャンプのカッティングもたくさん練習した。
換算点差1.36点の勝利。
3000点満点で0.045%差。
ジャンプの飛距離に換算すると0.035m差。
こんな僅差での勝利だったけれど、勝負は勝負。
勝ちは勝ち。
本当に嬉しかった。
「準優勝は勝利じゃない。優勝じゃなければ負けなんだ。」
ずっと悔しい思いをしてきたからこそ、この勝利は嬉しかった。
2013年のあの夏、あの戦いを忘れない。
野沢祐介