2013年の全日本選手権。
もう一年も前の出来事だけれども、この試合が私の人生の大きな転換点となったことは間違いない。
2014年の全日本を迎え、過去のこととして忘れ去る前に、敢えて記しておきたい。
「妥協を排し自分に勝つ」2013年の自分のテーマだった。
桟橋に立っていても、人の滑りは気にならなかった。集中していた。
勿論、不安はたくさんあった。
でも、不安があってもやるべきことはわかっていた。
「練習は試合のようにやれ、試合は練習のようにやれ」である。
スラローム。16mスタートで、練習同様、力加減をすることなく思い切ったゲートカットをする。
問題なく16mも14mもクリアーする。
13mは練習通りの思い切ったゲートカットが出来れば自然にターンがついてくることはわかっていた。
特にオープンカットをきっちり引き切ることが2ブイ、4ブイのターンを楽にするコツである。
結果は昨年同様58km/h 12m 2ブイ。
想定の4ブイには届かないものの、自己ベストタイ記録なのでこれ以上を望むのは難しい。
トリック。
往路は完璧な演技だった。
WLB LF LB WLF B BB RBB WBB RWBB F B RF RB F WB W5F S RS WO
100%クレジットされる完璧な滑りだった。
復路も完ぺきな演技だった。
T5B TBB RTBB TF TB RTF RTB TWBB TWF TS RTS TO RTO TWB
いや、完璧な演技のはずだった。
TOを決めた時点で、RTOの後におこなうTWBの事を考えだしてた。
何しろこのプログラムを完走すれば4320点の自己ベスト記録である。
(私の自己ベストは2001年の4070点)
それがなんとRTOで転んでしまった。明らかにTWBへ行くことを考えバランスを崩したのである。
結果3970点と想定の4320点に届かぬ結果となってしまった。
しかしここでチャンスが巡ってきた。
羽釜選手のトリック点数が3230点。スラロームは同点の12m2ブイ。
ジャンプ競技の結果如何で桂宮杯の行方が決まる展開となった。
もう一年も前の出来事だけれども、この試合が私の人生の大きな転換点となったことは間違いない。
2014年の全日本を迎え、過去のこととして忘れ去る前に、敢えて記しておきたい。
「妥協を排し自分に勝つ」2013年の自分のテーマだった。
桟橋に立っていても、人の滑りは気にならなかった。集中していた。
勿論、不安はたくさんあった。
でも、不安があってもやるべきことはわかっていた。
「練習は試合のようにやれ、試合は練習のようにやれ」である。
スラローム。16mスタートで、練習同様、力加減をすることなく思い切ったゲートカットをする。
問題なく16mも14mもクリアーする。
13mは練習通りの思い切ったゲートカットが出来れば自然にターンがついてくることはわかっていた。
特にオープンカットをきっちり引き切ることが2ブイ、4ブイのターンを楽にするコツである。
結果は昨年同様58km/h 12m 2ブイ。
想定の4ブイには届かないものの、自己ベストタイ記録なのでこれ以上を望むのは難しい。
トリック。
往路は完璧な演技だった。
WLB LF LB WLF B BB RBB WBB RWBB F B RF RB F WB W5F S RS WO
100%クレジットされる完璧な滑りだった。
復路も完ぺきな演技だった。
T5B TBB RTBB TF TB RTF RTB TWBB TWF TS RTS TO RTO TWB
いや、完璧な演技のはずだった。
TOを決めた時点で、RTOの後におこなうTWBの事を考えだしてた。
何しろこのプログラムを完走すれば4320点の自己ベスト記録である。
(私の自己ベストは2001年の4070点)
それがなんとRTOで転んでしまった。明らかにTWBへ行くことを考えバランスを崩したのである。
結果3970点と想定の4320点に届かぬ結果となってしまった。
しかしここでチャンスが巡ってきた。
羽釜選手のトリック点数が3230点。スラロームは同点の12m2ブイ。
ジャンプ競技の結果如何で桂宮杯の行方が決まる展開となった。