サム先生の水泳話 〜理論的ではなく、精神的なこと〜

サム先生の水泳話 〜理論的ではなく、精神的なこと〜

水泳、スポーツを通じて人の心を鍛える
人と人との心のやりとりはまさにアートである

Amebaでブログを始めよう!
愛してるよお父さん!



今日は父が天国で初めて迎える誕生日



いつまでも私の心にいます

その1

練習を「きつい」か「楽か」で判断するのはどうなんでしょう?

 

 

練習前に「今日は練習楽?」

練習後に「明日は練習きつい?」

 

どうやるかが大事であって、余裕がある練習ならより質を高くできるし

ちょっと辛い内容なら、よりいつも通りのパフォーマンスを発揮できるように挑戦するし

 

きつい → 頑張るけど無理

楽   → だらだら、余裕だな〜

 

 

理想は

「今の私はこうだから、今日の練習はこうしなくちゃいけない!」

「余裕があるから、今日はこうしよう」「ちょっと辛いけど、今日はこうしてみよう」

 

って小学生のレベルでも考えることができれば、かなり強くなるんだけど

なかなかたくさんいないですね

 

 

スポーツのコーチングのやり方で

例えばコーチ自身が〇〇秒を出して欲しいと思っていたら

コーチが思っていてもダメだから選手自身が「あ〜〇〇秒出して〜」って思わせるようにしないといけない。

コーチが叶えたいことを選手に思わせないといけないですね

 

 

 

 

その2

全体や他人のアドバイスを自分のことと思って聞く人

 

全体指導で強くなる選手はきっとすぐに上位クラスの大会へ進むでしょう

全体指導しても、誰一人として振り向かず自分のことじゃないと耳に蓋をしてないでしょうか?

声の抑揚やキーワードを入れて注目を浴びるようにしてみたり…

 

 

 

本当に強くなりたい選手って必ずどこかにそういうのありますよね

まずはみんな選手1人1人なんのためにやっていてどうしたくてどうなりたいのか?

を聞いてくことから始めないと練習に身が入らないですよね

選手たちの練習ノートを見ると

「調子が悪くて今日は遅かった」

「昨日が休みだったので今日は体が動かなかった」

インタビュー見てても
「足が痛かったので」
とか
「昨日まで風邪ひいていてベストな状態でなかった」

すべて結果論であって
うまくいってたらどんなコメントだったでしょうか?

人のせい、モノのせいにしている精神状態ですね
自分を守ってる証拠です

調子のせい、休みのせい、足のせい、風邪のせい
で悪い結果であったといっているようにしか聞こえないですよね

私からしたら
回復を間に合わせることができなかった自分のせいであって
準備不足であった自分のせいであるべき


では、自分を守るのはいいけど
守って終わりの選手がほとんどで
じゃあ、どうなれば良かったのか?
どのように対策をしていればどうなったと予想できるのか?
をちゃんと分析して次同じような時に、同じことを繰り返さないということを考えたほうがいい

本番なんて何が起こるかわからない
こうなったら、こうする というちゃんとした対策をいくつももっていないと
安定して結果なんて出せないですし
なんのために練習しているのかということになる
運まかせで競技を続けるのは将来的に不安しか残らない

毎日一生懸命に練習してきた自分の力を
そう簡単に「なにかのせい」にして無駄にしてしまうことはとても、もったいない


それでも、はじめに仮説したように
調子悪くても結果が良ければ、そんなこと言わないだろう
もっと自分に正直になって

結果を受け入れて、本当はどうなっていたかったのかを純粋に言えるような選手になってほしいです


私の意見は
最善を尽くして、ベストを出し切ってその結果であれば選手は自分を守るようなことはしないだろう
スポーツ選手のお仕事って

昨日の自分を超えて、今日がもっとよくなるようにする
今日が「今までで一番良い1日」にして、自分の記録を伸ばしていくこと

それに対して、多くの人々が感動して、選手は人々の心に貢献していく
多くの人から愛されること

が仕事だと思っています

武井壮さん理論に同感な私なので



貢献の話は長くなるので別の機会にしますが





自分の私利私欲だけでスポーツをやる人と
周りを良い方向に巻き込み、多くの人や団体、施設に貢献し、自分より下の世代のことまで考える選手

とがありますが、前者はただの「スポーツマン」もしくは「スポーツする人」でしょう
後者は「アスリート」と呼ぶべきでしょうか


さて、どの段階でスポーツマンとアスリートを分ければ良いのでしょうか?
ジュニアの段階でアスリートに仕上げられたら最高ですね

そのためにはと考えると

周りの人のマインドにあるのかな
朝起きてから夜寝るまで



突然
地球が滅んでも


急に
命が絶たれても




私は大丈夫です

今日が
「今までで一番最高な1日」
として過ごしています




不安や恐怖もワクワク、ドキドキ
何が待ち構えているのか今日は



いつも
今出せる最高のベストを尽くしてるので
満足して1日を終えます


毎日が最高傑作なのです
前から思っていた疑問ですが


部活や、会社、チームとして活動する上で

どうして年下(後輩)が年上(先輩)の世話をしなくてはいけないのか?

おかしいと思っています


逆だと思いますが




僕は
年上や先輩が後からチームに入ってきた人たちに
自分たちから動いて教えるべきだと思っています

何を教えるのかというと

・チームに対する貢献
・人に対する貢献

の大切さを先輩が教えて後輩に残していくべき

だって、チームの将来を考えると
今の先輩よりも後輩たちの方が今後チームにいる時間は長いでしょ?



先輩から奴隷のように扱われてきた後輩たちは
チームに貢献することを教わらず
自分たちが先輩になっても何をやっていいのかわからないから
また同じことを後輩に行っていく

チームの強化にはならないですね


将来的にチームを強く良いチームにしたいのなら
先輩がちゃんと動いて後輩たちに貢献することを教えよう
先輩はそういう事も考えなければいけない

よく先輩は
「最後だから部活に集中する」とか聞きますが
それは個人的な欲のためであって何もチームのことは考えられていない
チームのことを考えて行動するからこそ個人もレベルアップできると考えています
何もわからない後輩こそ、個人的な事に集中させてもいいでしょう?

先輩側から
後輩たちに飲み物の差し入れでもして

・「この夏頑張ろうな!俺らが引退した来年もチームをよろしくな!」

・「ちょうど買い出しいくけど、お前(後輩)は練習しててくれ。早く上手くなってほしい。何か必要なものあるか?」

・「(マネージャーに対して)いつもチームのサポートありがとうございます。今日はちょっと余裕があるので手伝います」


くらいあってもいいでしょ


先輩は秒針
後輩は分針

先輩が60回動いてようやく後輩は1回動くのです
チームを作って繋げていくのは大変なことなのです
練習を始める前に
選手が

「うわ、無理」


もうこの段階で
精神的なトレーニングしてますね



なんで、練習始める前の内容説明の段階で無理なのか?

聞いてみたけど

「無理だから、無理。昨日の練習ではこのレベルで練習できない」


なるほど

昨日、一応 今日の練習のための確認で
似たような練習を組んでいたので
その選手は昨日の練習の段階で自分のレベルを知っていて
今日の練習レベルでは到底泳げないと判断したと思われる
自分でイメージしたんですね

僕は無理だとは思っていないが
別に出来なくても何も言わないつもりですし

むしろ、いつもそのレベルに近づけて練習してね
としか言っていない


果てしない目標に
挑戦させたい気持ちはあります


選手にはいつも
果てしない目標をいって

そこまで行かないと認めないよ と言ってます

ただ、いかなくても普通のことだし
近づいたら
だんだん自分でも「あ、いけるかも」って思ってくれるだろうし



ただ、無理と言ってから
どうやって落ち着かせて練習させようかな
とずっと考えていました
無理と言った子に対しては
「よし、やってみるか」
と思わせたらオッケーだと思います

今日の場合は
練習の内容を僕の意見で提案してみました


意外といけるんですよね
その選手はドヤ顔で練習を終えました


良く挑戦しました
強くなったね
今までご愛読ありがとうございました

これからもご愛読よろしくお願いします

主にメンタル的な話、水泳というスポーツを通して

子供たちとの心のやりとり

子供たちの心の成長

心理学を用いた教育

コーチング

などの話題で発信していきます


学校の先生
お父さん、お母さん
指導者
会社の上司
部活動で後輩を持つ先輩達

には特に読んでいただきたくて
意見交換、ディスカッションみたいなこともできたらいいなと思っています

まだいろいろ外装は直すと思います