万葉集4-661
大伴坂上郎女の歌六首(のうち一首)
恋ひ恋ひてあへる時だに愛(うつく)しき言(こと)尽してよ長くと思はば
意訳
恋焦がれて逢えたのですもの、愛の言葉をいっぱいください、二人の仲の長くと思うなら
大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)は、
大伴安麻呂と
あの石川内命婦(石川郎女)の娘。
大伴旅人の母違いの妹で、
大伴家持の叔母にあたります。
坂上郎女は
とても華やかな経歴の持ち主で、
16歳ころ穂積皇子(天武天皇の第五皇子)
の妃となります。
が、数年後穂積は薨去。
その後、
首皇子(おびとのみこ=のちの聖武天皇)や
藤原麻呂との親交で知られ、
やがて異母兄の大伴宿奈麻呂の妻となります。
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さらにそののち、
太宰の帥(そち)として九州に赴任中の異母兄、
大伴旅人の妻が死去したためその地に赴き、
旅人をささえ、家持を養育する。
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太宰の帥の任務終了に伴い都に戻ってまもなく、旅人は死去する。
坂上郎女は大伴氏の本宅に住み、
若年の家持に長女の坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)を嫁がせ、
一族の大刀自として家政を取り仕切りました。
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坂上郎女の歌は、
万葉集に八十四首収録されており、
額田王に次ぐ万葉の女流歌人との評もあります。
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掲歌
恋ひ恋ひてあへる時だに愛(うつく)しき言(こと)尽してよ長くと思はば
は、坂上郎女の歌ではありますが、
実は、
郎女の次女(二嬢)が
婿である大伴駿河麻呂にあてた相聞を
坂上郎女が代作したのではないか・・、
といわれています。
なぜなら
愛(うつく)しき言(こと)尽してよ
というフレーズは
一見ストレートな愛情表現ながら
年若い娘の感性ではとても思いつかないだろう・・
というものです。
お相手の大伴駿河麻呂は、
この歌を読んで、なにを思ったことでしょう・・。
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この歌に対する返歌はありません。
ということで、
もう、
ン・・十年前になりますが、
非才を顧みず
こんな返歌を詠んだことがあります。
つくすべき言の葉ふさぐそのルージュに嫉妬はるか遠恋の月
さて安田食堂、
きょうの一品は、
ゴーヤーチャンプルー
です。
それと、
ひとくち海鮮丼
ポテサラ
酢の物
きゅうりキムチ
干しシイタケの甘辛煮と卵焼き
以上、
きょうもおいしくいただきました。













































































































