万葉集1-48

軽皇子の阿騎野に宿りましし時、柿本朝臣人麻呂の作れる歌

東の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

意訳

東の野にほむらが立ち日が昇らんとし、

振り返れば西の山に月が落ちていこうとしている

この阿騎野の羇旅歌は、

この歌単独で成立したのではなく、

長歌と短歌四首で構成されています。

いまから1300年ほど前、

持統朝一段落の冬至の日、

奈良の阿騎野において

大嘗会という祭祀がおこなわれました。

その席上、

柿本朝臣人麻呂によって献詠されたのがこの歌です。

持統天皇は、

四年前に最愛の草壁皇子をなくしています。

その草壁から軽皇子(のちの文武天皇)への

継体受霊のセレモニー・・。

東方の野に見え始めた曙光のゆらぎと、

西の空に沈まんとする月。

一年のうち最も夜の長い日に行われる、

生と死の交感。

神と人とが交感できた

(と、時の最高権力者が認めた)

そんな時代の歌なのです。

持統天皇はじめ

皇族貴族居並んだ中、この歌を献じた人麻呂。

この時が、人麻呂の絶頂期だった・・。

いま、

人麻呂臨終の歌、

万葉集2-223

鴨山の岩根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹が待ちつつあらむ

との接点について考えています。

 

いつものように長くなりますので、

次回に繰り越します。

よろしくおつきあいの程を。

m(_ _)m

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

茄子の柳川風

です。

のこりものの茄子と

先日担々麺に使った肉そぼろの有効活用

スキレット鍋に

ゴボウをいっぱい入れて

卵でとじて

使い切りました♪

 

 

それと

もずく酢

(酢のものはサプリメントと思って食しています)

 

ニラともやしのナムル

 

わかめの梅おかか

 

残り物かぼちゃのひとくちサラダ

 

 

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日に引き続き

きょうも良い天気♪

 

玄関の瓶に挿しておいた

桃の剪定枝が

ほころび始めました・・

せまい庭の

草花の芽も

いよいよ

活気づいています。

 

👇キバナのカタクリ

👇ペパーミント

そしてこんなものまで

👇行者ニンニク

日当たりのわるい裏庭に

もう20年くらい根を生やしています

この行者ニンニクを切り取って

さっとゆがいて

冷水にとり水けをきって

めんつゆで溶いた卵黄をかけて

はい、

行者ニンニクのおひたし 

とってもおいしいのですが

・・・、

唯一難点は

めちゃめちゃ

く・さ・い

ㄟ(≧◇≦)ㄏ

(どのくらいくさいかといえば。。百年の恋も冷めるくらい{{{(>_<)}}})

でも

この時期一度は食べたい

春の風物詩(くさいよー)です。

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

一昨日のギョーザあんの残りで

スープギョーザ

です。

 

 

 

 

それと

大きな子持ちニシンの焼き魚

 

茄子ときのこのベーコン炒め

 

季節限定

ギョージャニンニクのおひたし

 

キムチ豆腐

 

きんぴらごぼう

 

 

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

朝から青天~~~♪

こんな日は

久し振りに、

厚田海岸までドライブ。

目的は、ふたつ。

新鮮な魚

と、

海とゴメさんの写真。

 

一つ目の目的は、みごとにはずれ。

沖には白波がたっていて休漁・・、朝市も開店休業状態でした >"<

でも、

海とゴメさんは裏切らない。

約半年ぶりの再開

ゴメさんもあえてうれしそう・・・・・、なわけないね;

いつもの

マイスポットチェックして小一時間・・。

テトラにあたって砕け散る波の音と

変化を見ていると

かじかんだこころがなごみます・・。

寄せる波が

沫となって風に舞い

幻想的でもありました・・。

いい加減のところで切り上げて、

帰り道、

石狩市の「マクンベツ湿原」に寄り道。

水芭蕉の生息地です・・・・・。

画面はわずかですが 見渡す限りの水芭蕉の群生です

去年も一昨年もピークを逃したので、

良いタイミングで来られてよかったです。

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

かんたん担々麺

です。

簡単に手順を

 

まず肉そぼろを作ります

豚ひき肉300gをフライパンでいためる

酒・しょうゆ・甜面醤大さじ2を加え

汁気を飛ばしたら容器に移す

(あまった分は別料理に使う)

 

 

 

作り方(二人前)

1

丼に

ごま油、酢小さじ1👉しょうゆ大1.5👉練りごま大2👉ラー油適量👉ねぎ適量

をいれておく

ほうれん草はさっとゆがいて

ゆで卵もつくっておく

2

鍋に

スープ300ml・豆乳300mlをあたためておく

3

中華麺を固めに茹でる

4

1のどんぶりに2を注いで混ぜ

3を加える

ほうれんそう・肉そぼろ・ゆで卵を

お好みでトッピングして

出来上がり♪

料理つくりはじめの頃

手間のかからない

中華麺

でさがしてみつけたのが

このレシピ

簡単だけど

うまい♪

 

 

 

 

それと、

イカ納豆

 

天カマとあるもの野菜の炊いたん

 

牡蠣の酢の物

 

きんぴらごぼう

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

きのうの「おいてけぼり」につづいて、

 

「芸術随想 しゃれのめす」:洲之内徹 世界文化社

を読んでいる。

前作同様、1960~1980年代の

洲之内コレクションを紹介したエッセイの拾遺集である。

 

洲之内は、絵の解説をあまりしない。

作家と作品との出会いを訥々の語っていくだけで、

例えば佐藤哲三の

「みぞれ」

のすごさを読者に伝える。

 

こちらでも、マイナーな作家に多くのページを割いるが、

今回は、

加藤丈策という画家の

「手甲立女(てっこうりゅうじょ)」

という作品に焦点を当ててみたい。

 

この絵がスゴイ・・。

裸体画なのだが、

いわゆるモデル体型とかポーズとは無縁の、

むくつけき農婦なのである、

 

この

加藤丈策というひとは、

農婦の裸体ばかりを描いたひとらしい。

農村に生まれ、

農村に育ち、

農村で嫁に行き、

子どもを産み、

生涯を野良仕事に捧げる・・。

 

そんな女たちの強靭な生命力に感銘し、

それを描くには、

そのように生まれつき、

そのように形成されていった

肉体を描く必要があったのだ・・、

という。

 

縦長の絵のサイズは、100㌢×50㌢。

この作品いっぱいに描かれた農婦は、

なぜか裸体に手甲(てっこう)をはめている。

そのアンバランスが、画布全体のバランスを支えている・・

などといったらおかしいだろうか。

いったい、この奇抜な着想はどこからくるのか。

洲之内は、そのことを画家に尋ねた。

 

こたえは意外だった。

画家は、偶然その場に出くわしたのだという。

 

ある日海岸で写生をしていたら、

海から上がってきた女が

画家のことを無視して

すぐそばで着替えを始めた。

そしてなぜか、

素っ裸の身に最初につけたのが、

手甲だった・・。

画家は、そのことに強い衝撃を受けたという。

洲之内徹は、

「感動とはそれである」

という。

 

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

土井善晴さんレシピより

「けったん」

です。

新玉ねぎと

安い牛肉と

塩味だけで

少し多めに作っても

必ず完食してしまう

この時期にがっつり食べたい

一品です♪

 

 

 

 

それと、

八朔とレタスのサラダ

 

タコのから揚げ

かぼちゃも添えて

 

きんぴらごぼう

 

てんかま炙るだけ

じゃあ恥ずかしいので

三升漬けをかけて

去年作り置きの三升漬けも

いよいよ残りわずかになりました

青南蛮の季節が待ちどおしいです!

 

白カブときゅうりの浅漬け

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「芸術随想 おいてけぼり」:洲之内徹 世界文化社

 

洲之内徹(1913年1月17日 - 1987年10月28日)・・

といっても、その名を知る人は少ないかもしれない。

美術評論家であり画廊経営者であり、美術収集家でもあった・・。

 

この本では、

所蔵するコレクションの中から100点をとりあげ、

作家や作品との出会いについて述べている。

藤田嗣治・小出楢重・萬鉄五郎・松本俊介など著名作家のほか、

わたしなどまるで知らない作家が、

洲之内独特の批評眼で紹介されている。

かえって、著名作家よりこちらの方が話としては面白かった。

 

洲之内は、この本の中でひとつの持論を展開している。

それは、画家の年齢的ピークについて・・。

よく絵画市場では、

同じ画家の作品でも、近作や晩年の作が高く評価されて

初期のものは、〝若描き〟といって、評価が劣るという慣習があるのだという。

画家晩年の作を円熟の境地

などといってありがたがる傾向に、

洲之内は真っ向から異を唱える。

 

「絵というものは勉強してだんだん良くなるものでは決してない。二十代か三十代でその画家のピークに達してしまい、あとは、巧くなるといっても、ヴァリエーションがあるだけなのだ。巧くはなっても、よくはならない」

 

洲之内はその信条に基づき、

画家の無名で若いころの絵を集め続け、

いつのころからかそれは、

「洲之内コレクション」と呼ばれるようになった。

 

いわれてみれば、

修業に修業を重ねて大成した画家というのは、あまり聞かない。

生前評価されず死後大ブレイクするということはままあるが・・

これはほかの芸術分野にも共通することだと思う。

 

 

絶妙の洲之内流に翻弄されながら、

そも絵とはナンダロウ・・・・・

という袋小路を徘徊するのも、いいものだ。

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

焼きギョーザ

です。

撮り忘れのため

前回の画像

使いまわしです

.·´¯`(>▂<)´¯`·. 

 

でも美味しかったです♪

 

 

 

それと、

蒸し鶏と新玉ねぎのサラダ

豆板醤と塩で

 

トマトの梅和え

 

えびと油揚げのみぞれあえ

 

おつまみ三点

 

 

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万葉集2-105

大津皇子、ひそかに伊勢神宮に下りて上がり来ましし時、大伯皇女の作りませる御歌二首

2-105わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露にわが立ちぬれし

2-106二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

 

意訳

2-105

愛しい人(弟)を大和へ送るため、暁の霜にぬれながら立ち尽くしていました

2-106

二人で通ってさえ難儀するあの秋山道を、あなたはひとり越えようとしています

 

 

大伯皇女(おおくのひめみこ)は、

斉明七年(661年)、

筑紫へ向かう船が大伯(今の瀬戸内市)の海上を通過するときに、

天武天皇と大田皇女の子として生まれました。

673年、天武の命により斎宮となり、翌年伊勢に下向。

686年、弟の大津皇子が謀反の罪で死を賜ったのを機に都へもどり、

702年、薨去しました。

 

 

 

掲歌・・・・・。

大津はある決意をもって、ひそかに大和を抜け出し、

斎宮である姉の大伯を訪ねます。

その目的は、

謀反にたいする神意をあおぐためとも、

みずからの潔白を表白するため、

あるいは単に最後の別れのため、

ともいわれています。

 

姉と深く話しあった大津は、

深夜、

大和へ向け、来た道を帰ります・・・・・。

大伯皇女の

別れゆく最愛の弟を思いやる歌が、

2-105わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露にわが立ちぬれし

2-106二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

です。

 

その後、

斎宮を退下、京へ帰った時の歌がこちら

2-163神風の伊勢の国にもあらましをいかにか来けむ君もあらなくに

2-164見まく欲りわがする君もあらなくにいかにか来けむ馬疲るるに

意訳

2-163

伊勢にいればよかった。何のために都に帰ってきたの。あなたがもういないというのに。

2-164

会いたいあなたがもういないというのに、なにしに帰ってきたの。馬も疲れているというのに。

 

大津が二上山に移葬された折の大伯の歌がこちら

2-165うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟(いろせ)と我(あ)が見む

2-166磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど 見すべき君がありと言はなくに

意訳

2-165

うつせみの現世に残された私、あすからはあの二上山を愛しい人とながめようか。

2-166

磯の馬酔木を手折らんとしても、それを見せるべき人がいるとは誰も言ってくれない。

 

 

これら一連の歌も、

これまでの物語歌同様、

物語の中のクライマックスとしての歌を

万葉集の編者が採集したものと思われます。

 

ただ、

702年、大伯皇女が崩御。

そして翌年、

持統天皇(その時上后?)も、この世を去ります。

奇しくも702年は、律令完成の年。

 

新制度の成立は、

旧来の制度に影響を与えずにはおかない・・。

皮肉にも、

そのはざまに生きたのが、

歌聖

柿本人麻呂

なのではないか・・。

というのが、

わたしの妄想の原点なのです。

 

といいながら、

頭の中は混とん状態で何もまとまってはいません。

時間は結構かかると思いますが、

妄想の解きほぐしを

していきたいと思います。

このあとしばらく

人麻呂さんにおつきあいください。

 

そのあと

大好きな

「東歌(あずまうた)」

にいけたらと思っております。

 

こんなことをしていたら、

今年一年

ビュンッ

と過ぎちゃいそうですが、

どうぞおつきあいの程を。

m(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

マガレイの塩振り焼き

です。

マガレイはいまが旬!

今週厚田朝市に

行く予定です♪

 

 

 

それと、

骨ギシギンダラのから揚げ

佐藤水産で買い物したら

ギンダラの骨付きアラが

1パック100円で売っていました♪

なんで食べようか迷った挙句

から揚げにして

大正解

あら塩をつけて

あっというまに

食べちゃいました

💙

 

 

もやしのナムル

 

 

かぼちゃの甘露煮

 

おつまみ三点

 

 

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

万葉集に登場するキャラクターは、

個性派ぞろいですが、

なかでも異色・・

というか不思議のひと・・が、このひと。

 

「石川郎女(いしかわのいらつめ)

 

について少しお時間を・・。

 

実は、

万葉集には、

七人の

石川郎女が登場します。

しかも、

登場年に結構な開きがある。

なので決して一人ではない・・が、

七人でもないようなのです。

 

よって、一人ずつ検証していきたいと思います👈(⌒▽⌒)👉


 

 

一人目は、

久米禅師と歌を贈答した石川郎女。

み薦刈る信濃の真弓わが引かば貴人さびていなと言はむかも2-96

み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひざる行事を知るとは言はなくに2-97

梓弓引かばまにまに依らめども後の心を知りかてぬかも2-98

梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く2-99

東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも2-100

禅師とあるので僧籍の人なのでしょうか、

石川郎女に巧みに口説きかけるのですが

女性も一筋縄ではいかず揚げ足取りの応酬です。

 

二人目は、

先日ブログでもご案内の、

大津皇子を手玉に取るような返歌を詠んだ石川郎女。

吾を待つと君が濡れけむあしひきの 山のしづくにならましものを2-108

 

三人目は、

草壁皇子から歌を贈られた石川女郎。

大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめ2-110

石川女郎からの返歌はありません。

 

四人目は、

大伴田主(おおとものたぬし)の無風流をののしる石川女郎。

(このエピソードも長くなるので書きませんが面白いです)

遊士とわれは聞けるを屋戸貸さずわれを還せりおその風流士2-126

遊士にわれはありけり屋戸貸さず還ししわれそ風流士にはある2-127

我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背勤めたぶべし2-128

 

五人目は、

歳の差がありすぎの大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)に

歌を贈った熟女石川女郎。

古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと2-129

大伴宿奈麻呂からの返歌は・・・・・、ありません。

 

六人目は、

大伴安麻呂の妻としての石川郎女。
後日出てくる大伴坂上郎女の母でもあります。
最近足が遠くなった夫を恨みがましく思う歌です。

春日野の山辺の道をよそりなく通ひし君が見えぬころかも4-518

松が枝の土に着くまで降る雪を見ずてや妹が隠り居るらむ20-4439

 

七人目は、

藤原藤原宿奈麻呂の妻としての石川女郎。

こちらはもっと悲惨。通いが途絶え離縁された女性の恨みつらみの歌です。

大き海の水底深く思ひつつ裳引き平しし菅原の里20-4491

 

以上ですが、

なぜこんなにも石川郎女がでてくるのか、

だれとだれが同一人物なのかも

いろいろな説はありますが、

わかっていません。

 

ただ、今回すべて読み比べて、

 

人物は別々としながらも、

私には、

一人の女性の一生涯の有為転変(フローチャート)に思えてなりません。

 

興味おありでしたら、

お時間のある時に、

七人の石川郎女(女郎)の歌の読み比べなど、

いかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

カレーうどん

です。

 

 

それと、

茄子の甘みそ炒め

 

 

 

 

かぼちゃの甘露煮

 

ワカサギの佃煮風

 

松前漬け(市販:佐藤水産)

 

タコキム

白村江の戦いについて

たしか何か書いていたような・・

ということで

いつものように本箱をさがしたら、あった。

 

「邪馬一国への道標」:古田武彦 角川文庫

 

三国志魏志倭人伝には、「邪馬台(臺)国」という国などなかった。

という主張で、

邪馬台国ブームをまき起こしたベストセラー、

「『邪馬台国』はなかった」

の著者により、

邪馬台国九州王朝説の肉付けとして発刊された本。

その中で、

白村江の戦いにもふれている。

 

いわく、

唐・新羅連合軍に完敗した倭・百済連合軍。

百済は完全に歴史から姿を消したのに、倭国はなぜ滅びなかったか。

戦争に参加していなかった高句麗さえも滅亡しているのに‥。

 

著者は、

この戦いで倭国は滅びた・・という。

ただ、その倭国とは、九州王朝をさしている。

百済・高句麗が新羅に統一されたように、

倭国は、近畿天皇家に吸収された・・。

 

あまりにも突飛すぎて

唖然とするしかないのだが、

これが古田武彦氏の

「失われた九州王朝説」

なのである。

 

今回ざっと読み返してみて、

最初の感動はかなり後退しているが、

随所に残る鈍い光彩は、

捨て去ることができない。

古田説は楽しい・・。

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

ロピアの塩豚タン

です。

出来合いパックは

あまり買わないのですが

つい

衝動買い

 

豚タン

初めて食べましたが

・・・・・

リピート

します

💙

 

 

それと、

野菜サラダ

 

めかぶイカ納豆

 

天カマとあるもの野菜の炊いたん

 

セロリとまいたけのきんぴら風

 

ふき味噌

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NHKで、北大路魯山人のドラマがはじまった。

「魯山人のかまど」

である。

予告編をみていたら、

女性編集者が、偏屈で有名な魯山人に会いに行く。

というストーリー。

 

これって、

どこかで読んだ記憶が・・。

 

いつものごとく、

カオス状態の段ボールを探したら、意外と簡単に見つかった。

それがこちら。👇👇👇

 

「おもかげ 松本清張・北大路魯山人」:阿井惠子 文芸春秋

 

松本清張と北大路魯山人

という

難物中の難物を相手に奮闘した

女性編集者(のちに作家)の回顧録である。

 

松本清張編も面白いが、後日に譲り、

今回は、

魯山人を取り上げたい。

 

題は、

「魯山人晩景」

となっている。晩景である。

 

著者が魯山人と初めて会ったのは、

昭和三十年、ある出版社の編集長から口述筆記の依頼を受けてである。

その相手が、北大路魯山人・・。

 

編集長はいう。

「なにしろ、あの小林秀雄を罵倒して殴られそうになった人だからね」

小林秀雄といえば、

文芸評論の神様としてあがめられていた。

その神様をののしり、逆上させた人の

口述筆記・・・・・。

 

北鎌倉の魯山人邸へタクシーで行った。

編集長と魯山人の応酬が一段落、

食事が出される。

あいにく大の苦手の「うなぎ」だった・・。

逡巡したあと、

「先生、誠に申し訳ありませんが、私は鰻が食べられません。どうぞ注文からはずしてくださいませ」

恐るおそる、美食家魯山人のすすめを断った・・。

即座に「帰れ!」と追い出されて当然である。

これまで幾人もの女性編集者がほぞをかんでいる・・。

 

が、

「嫌いなものを嫌いというは、正直でよろし」

と、

魯山人はとっておきの鮎を焼いてくれた。

 

食事が終わり、

編集長が切り出してくれないので、

「明日から、きてもよろしいでしょうか」

率直に尋ねた、

「よろし、なんぼでもきなさい」

 

ここから

著者の〝魯山人もうで〟が始まる。

 

その日々は、

あとがきで著者がいう、

 

魯山人は一言でいうと〝狂気〟の人だった。

妥協が少なく、

家庭に恵まれず、

寂しい晩年であった。

 

という言葉に集約される。

まさしく、「魯山人晩景」なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

サーモンのあら汁

です。

 

 

 

それと、

おさしみ三点

 

セロリの温玉サラダ

 

白菜とだし巻き卵 フキみそを添えて

 

ひとくち海鮮丼

 

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の冬は、

思いがけない大雪に悩まされた札幌ですが、

四月の声を聞いて

やっと、

草木の芽ぐみをむかえました。

  

  

 

なにやら、

〝山笑う〟という季語は、

単なる雪解けをあらわすのではなく、

草花の一斉の芽吹きをいうのだとか・・・・・。

 

とはいえ、

本州の皆様方が

たけなわの桜前線に興じているとき、

北海道は、まだ桜のさの字もありません・・。

👆まだ冬眠状態の庭の桃の小枝。

札幌の開花宣言は、15日以降なのだとか。

 

ワイドショーで、

さくらに群がるすずめ君を取り上げていました。

すずめ君は、

さくらのガクをかじり、

蜜のつけ根をちぎり取って吸うらしい。

雀 桜 に対する画像結果

すずめくんに

食べられて下に落ちるさくらを

〝零れ桜〟というんですって・・。

俳句の季語として使えそうな・・。

 

などと思っていたら、

さくらの蜜を食べるすずめ君の行為を、

〝盗蜜〟

というのだそうですね・・。

蜜だけ吸ってあとはポイッ・・、をいうらしい。

 

なんと人聞きの悪い・・。

すずめ聞きだって・・。

 

この行為に“盗”をつけるなら、

人間の所業に、いくつの“盗”がつくのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて安田食堂、

きょうの一品は、

恒例朔日の

やりいかとあるもの握りずし

です。

二人前です)

きのう余市柿崎商店で

まぐろのカマ(生食用)

やりいか

アカガレイ

たこ

サーモン

・・・・・

食材調達

 

到来ものの

純米大吟醸とともに

おいしく

いただき

マ。シ・タ

💙

 

 

 

 

それと、

簡単野菜サラダ

 

だし巻き卵

 

切りだしお刺身

 

ナマコの酢の物

近所のスーパーで

おおぶりのナマコが

一尾

305円

しかもうごいてる・・

あわてて買って酢に浸けました

うま!

この量で充分です

 

 

 

 

以上、

きょうもおいしくいただきました。