万葉集2-105
大津皇子、ひそかに伊勢神宮に下りて上がり来ましし時、大伯皇女の作りませる御歌二首
2-105わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露にわが立ちぬれし
2-106二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
意訳
2-105
愛しい人(弟)を大和へ送るため、暁の霜にぬれながら立ち尽くしていました
2-106
二人で通ってさえ難儀するあの秋山道を、あなたはひとり越えようとしています
大伯皇女(おおくのひめみこ)は、
斉明七年(661年)、
筑紫へ向かう船が大伯(今の瀬戸内市)の海上を通過するときに、
天武天皇と大田皇女の子として生まれました。
673年、天武の命により斎宮となり、翌年伊勢に下向。
686年、弟の大津皇子が謀反の罪で死を賜ったのを機に都へもどり、
702年、薨去しました。
掲歌・・・・・。
大津はある決意をもって、ひそかに大和を抜け出し、
斎宮である姉の大伯を訪ねます。
その目的は、
謀反にたいする神意をあおぐためとも、
みずからの潔白を表白するため、
あるいは単に最後の別れのため、
ともいわれています。
姉と深く話しあった大津は、
深夜、
大和へ向け、来た道を帰ります・・・・・。
大伯皇女の
別れゆく最愛の弟を思いやる歌が、
2-105わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露にわが立ちぬれし
2-106二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
です。
その後、
斎宮を退下、京へ帰った時の歌がこちら
2-163神風の伊勢の国にもあらましをいかにか来けむ君もあらなくに
2-164見まく欲りわがする君もあらなくにいかにか来けむ馬疲るるに
意訳
2-163
伊勢にいればよかった。何のために都に帰ってきたの。あなたがもういないというのに。
2-164
会いたいあなたがもういないというのに、なにしに帰ってきたの。馬も疲れているというのに。
大津が二上山に移葬された折の大伯の歌がこちら
2-165うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟(いろせ)と我(あ)が見む
2-166磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど 見すべき君がありと言はなくに
意訳
2-165
うつせみの現世に残された私、あすからはあの二上山を愛しい人とながめようか。
2-166
磯の馬酔木を手折らんとしても、それを見せるべき人がいるとは誰も言ってくれない。
これら一連の歌も、
これまでの物語歌同様、
物語の中のクライマックスとしての歌を
万葉集の編者が採集したものと思われます。
ただ、
702年、大伯皇女が崩御。
そして翌年、
持統天皇(その時上后?)も、この世を去ります。
奇しくも702年は、律令完成の年。
新制度の成立は、
旧来の制度に影響を与えずにはおかない・・。
皮肉にも、
そのはざまに生きたのが、
歌聖
柿本人麻呂
なのではないか・・。
というのが、
わたしの妄想の原点なのです。
といいながら、
頭の中は混とん状態で何もまとまってはいません。
時間は結構かかると思いますが、
妄想の解きほぐしを
していきたいと思います。
このあとしばらく
人麻呂さんにおつきあいください。
そのあと
大好きな
「東歌(あずまうた)」
にいけたらと思っております。
こんなことをしていたら、
今年一年
ビュンッ
と過ぎちゃいそうですが、
どうぞおつきあいの程を。
m(_ _)m
さて安田食堂、
きょうの一品は、
マガレイの塩振り焼き
です。

マガレイはいまが旬!
今週厚田朝市に
行く予定です♪
それと、
骨ギシギンダラのから揚げ

佐藤水産で買い物したら
ギンダラの骨付きアラが
1パック100円で売っていました♪
なんで食べようか迷った挙句
から揚げにして
大正解
あら塩をつけて
あっというまに
食べちゃいました
💙
もやしのナムル

かぼちゃの甘露煮

おつまみ三点

以上、
きょうもおいしくいただきました。