過去を克服することではない。
過去を知り、共存することだ。
過去は変えられない。
だけど、学びの宝庫だ。
傷ついた自分を今から癒すことは難しい。
私はヒプノセラピーで過去の感情を癒すことを行っているが、過去のすべてを癒すことは非常に難しい。
それにわざわざ掘り起こしたい過去ばかりではない。
過去を完全に手放すには、癒すことももう一度過去に向き合うこともどちらも必要になってくる。
だけど
向き合うことは再び当時の苦痛を味わうこと。
だから心が折れる人も多い。
かなり荒療治でもあるのだ。
その人の心が再び壊れてしまわないように、その人自身で封印しているものを、再び解くのだから、向き不向きもある。
ずっと心のことに触れてきて私が導き出したものとは。
“共存”だった。
起こったことは変えられない。変えられるのは、捉え方だけ。
起きたことを肯定も否定もせず、その時抱いた感情がどす黒かったとしても肯定も否定もせず。
今純粋に思い出してどう感じるか。
今ならどう行動を起こすか。
考えることは今後の心の成長に繋がる。
過去の自分が強かっただとか弱かっただとかは関係が無い。当時は当時としてがむしゃらにやった結果かもしれないし、恐怖に足がすくんでしまっていただけかもしれない。そういう選択をする人も世の中にいるという事実を知ることが出来ただけ。
責めるも褒めるもしないままに思い出した過去を受け止め、どのように行動すれば当時より良い状況になるのか、または今同じ状況の人を目の当たりにしたら自分はどう感じ、どう手を差し伸べられるかどうか思い巡らすことが、これから追体験をしないように自分を助ける。
過去は乗り越えるもんじゃない。
乗り越えなきゃいけない壁では無いから。
ふとした拍子に別の出来事に紐付けされて、度々掘り起こされる記憶の一つに過ぎない。
だから、無理に向き合って再度傷つく必要も無いし、乗り越えられない自分を責めなくてもいいし、思い出して嫌な気持ちになっても全然問題が無い。
寧ろ思い出すのは、もうその苦しみから解放されている証拠だ。
だから、共存していけばいいんだよ。