旅立ちを決意した。急に決意したように見えるが、実は3か月前から考えていた。考えるだけで何もしなかった。ぶらりと店を歩き、目についたうまそうなものを食い、「旅立ちの景気づけ」と称したが、腹いっぱいになったらそのまま寝る、という日々を送る。

 そして目が覚める。今日こそは旅立ちを、と考えるが、家を出たとたんに伝説の黒鳥と(私だけに)言われている、カラスに遭遇。「奴の横を通るのは危険であると」私の本能は直感した。従って急がずに家へと戻り、シャワーを浴びて寝る。

 また目が覚めた。その時私は気付いた。私は旅立ちの準備を整えていないことを。

 というわけで、家でもう一眠り。(ここで断っておくが、寝られることが私は少ないほうなのだ。)


 ・・・さて、そろそろ起きるとしよう。私はなぜ、旅に行こうと考えているのか?

 日常に飽きたからだ。まあもっとも、平和な中で生きていられることは満足を満たす要素としては重要であるし、それがなくなるとほか何があっても憂鬱だろうけど。

 では、これから平和なところから危険なところへ向かっていくのかというと、そういうわけではない。自分が「安全」だという場所は、単に自分がよく慣れたところである場合がほとんどで、よってよく知っている、だから安全になる。逆に、よく知らないところは自分にとっては知らないことだらけ、ほとんど何も知らないところであれば、別段際立って特徴のなところであっても、危険になる。たとえて言えば、何も知らない赤ん坊は、家の前の道路を歩かせることさえ危険である。どう歩けば安全なのかを知らないからだ。 

 たいていの人がそういうことをやっているのではないのだろうか。何も知らないのにむやみに突っ込んで行っている。そりゃあ家の前の道路であれば車が走っている時間数よりもスカスカの時間数のほうが多いから、轢かれることはないが、渡る場所が東京都心の道路だったらどうだろう。車の切れ目など探さなければないから、むやみに突っ込めない。しかも、渡る距離が家の前の道路の比ではない。


 まあ、要するに、準備をきっちりしておこう、というわけだ。

私の準備は、布団と枕だ。これがあれば広い道路を渡れる。

どうやって使うかというと、布団にくるまって車の切れ目を転がっていくのである。

・・・枕はいらないみたいだ。

というわけで、そのまま寝ることにする。