義父の四十九日の法要が、無事終わった。

朗々としたお経、仏具の名前はよくわからないが、森の向こう側まで遠く響く鐘のような音、合いの手のように入る高い鐘の音、そしてポクポクという木魚の音。

常々、仏教的な儀式やしきたりのようなものと無縁に暮らしていているが、きっとあんなオペラのような声と鐘の音に乗って、義父は良き世界へと旅立つことができたのではないかな、と思う。


さて、お墓への納骨が終わり、夫と義母は、何か一段落ついたような表情をしていた。

そして、義父の思い出話が、洪水のような勢いで、義母の口から溢れ出た。その中でも、特に強烈だったのが、赤チンのお話。


晩年、緑内障が進んでいた義父は、ある時なにかの拍子に義母の目の前で滑って頭をしたたか何かにぶつけた。その頭からはピュウっと血が吹き出していたらしい。


義母はびっくりして、「救急車!」と叫んで電話に飛びつこうとしたが、義父は「バカヤロー!救急車なんか呼ぶんじゃねえ!赤チン持ってこーい!」と叫んだそうだ。

義母は一瞬、「へ?」と聞きかえし、「あんた、それ赤チンで治る傷じゃないよ、救急車よばないと死んじゃうよ?」と説得しようとしたが、義父は、「バカヤロー!赤チン塗っとけば治るんだよ、俺は凄いんだ!赤チンもってこい!」と言い張ったそうだ。

どう言っても無駄だったので、義母は捨てるのを禁じられていた、ものすごい古い赤チンを持ってきた。

「あんた、こんなに古い赤チン塗ったら、傷が腐っちゃうよ、やめなよ〜」と言う義母に対し、義父は、ビューっと血が吹き出してる頭の傷にジャバジャバと赤チンをぬり、「これで治るんだドン!俺は凄いんだ!」と言ったらしい(脚色、一切なしです)。

そうして、翌日には傷口にちゃんとカサブタができて、三日後には畑仕事に行けるほど良くなったらしい。

そうして、義父は義母に得意げに言った。

「どうだ!俺はすごいんだドン!赤チンで大けがも治るんだ!」

そうして、義母は赤チンを捨てそびれた。


赤チンの話が衝撃的だったので、ブログに書きますよ、と言ったら、義母は、冷蔵庫から赤チンを取り出して見せてくれた。


私がその古さに絶句しながらスマホで写真をパチリ、ととると、義母は、「もう、捨てちゃおう!」と言って、ぽいと赤チンをゴミ箱に放り投げた。その顔は、とってもスッキリしていて、ああ、なんだか、いろいろと一段落したのだな、と感じた。


義父の赤チンに纏わる武勇伝は、これからも義父の生きた証として残るでありましょう。

赤チン、懐かしいなあ。

お義母さんの語るお義父さんのお話は、面白いなあ。

バカヤローと言われ続けながら添い遂げたお義母さんの語る、愛あればこそのお話でした。


これがその赤チンだ!