H氏とM氏のスパーリングが終わり、X氏と私の番となった。
言い忘れたが、マス・ボクシングは「当てない」という前提だからヘッドギヤとかは付けない。
しかし、念のため、私はマウスピースをした。
ゴングの前に、トレーナーが真剣な顔で私につぶやいた。
古い読者ならご存じであろう、あのワンインチ・パンチを打つ男である。
「気をつけて。確実に当ててくる人だから。まあ、権藤さんなら左(ジャブ)ですべて止められると思うけど。熱くならないで冷静に」
「心配すんなよ~俺がそう簡単にキレるわけないじゃん」
当てない、という単なる練習なのに、気分は完全に矢吹丈である。
まあ、ここら辺が面白いところなのだ。はは。
ゴングがなる前に私がX氏に、
「何ラウンドやりますか?」
と確認したところ、
「3、4ラウンドやりたいんですけど」
との回答だった。
え!?あんな調子で攻撃続けて4ラウンドもスタミナ持つ?
スタミナについては私も同じだが...
まあ、いいでしょう、いいでしょう。
それにしても、私のグローブ(14オンスのソフトタイプ)と比べて随分小さいのをしてるな。
まあいいや。
少年院のボクシング大会での力石徹もそうであったではないか。
私はトレーナーに、
「3、4ラウンドやるつもりらしいけど、どっちかがマズイと思ったら、止めて」
と言った。
ここまでで読者の方は既にX氏に悪い印象をお持ちかもしれないが、それは私の文才の至らぬところで、それは違う。
X氏はコスチュームこそ奇抜であるものの、いかにも悪そうな中高年、といった感じは全くない。
至って普通の方である。
ゴングが鳴った。
お互いに、よろしくお願いしま~す、と挨拶して、さあ、始まりだ。
<続く>