「やっと会えたな。ま、座ってくれ」幸村は口に出してから、気が付いたように筆を取って紙に書いた。
その人里離れた庵に現れたのは金副使と門衛だった。
我敵同士、何故会合
幸村は文字を見て、薄く笑った。
敵敵是味方、汝大官、既知也
副使も笑って頷いた。
質問換 何故利一致
幸村は手を叩いた。襖がすっと開き、一人の男が入って来た。
「筆談は面倒だ。訳せ」
「御意」
「今少し日本の事情を説明しておこう。家康は老人である。いつ死ぬかもわからぬ。その時天下は再び争乱が起こる。我は大阪城主を補佐するもの也。必ず徳川を打ち倒す」
「大阪城主とは、豊臣の事ではないか。朝鮮の仇敵だ」
「うむ。かつてはだ。秀頼公も儂も、朝鮮と戦をするつもりはない。むしろ戦の準備をしているのは、家康だ」
副使の口が止まった。
「だから、今商戦が家康と約定を結んでも、無駄なことだ」
「それでは、どうしろと?まさか豊臣と結べと?」
「そこまでは、求めぬ。お互い自国の政治に専念すればよかろう。ここで戻ってはどうか?」
「何?ここまで来て、今更帰れと?」
副使は幸村を睨んだ。幸村もその表情をじっと見た。湯の沸く音がしている。門衛の唾を飲み込む音が聞こえた。幸村の顔が崩れた。
「今回の旅を成功させて戻って、その功は誰になるのだ?」
「何?」
「副使にではあるまい。あの坊主のはずだ」
「…何が言いたい?」
「良いのか?それで。儒者の国で坊主に肉を喰われるとは…」
「何だと?」
「振り返ってみろ。家康のこれまでの態度を。あの男は腹を見せぬ。狸だ。お主らは最後に化かされる」
「化け…狸?」
「そうだ。その狸に化かされ、功は坊主に取られ、それでは副使の一分が立たぬではないか」
「だからといって、今戻る名分が無い」
「フフフ…名分はある。伏見へ行けば分かる」
「何?」
「副使は唯、『家康に疑いあり』とだけ伝えればよい」
「ふむ…」
「副使にとって、大師に代わって指揮する機会だ。悪い話ではあるまい」
副使は門衛と顔を見合わせた。門衛は首を傾げた。