ダ面接の記録

ダ面接の記録

卒論についてまとめていきます。柿

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・観ている人が飽きないことが大切。そのために、同じ人のネタをまとめて見せるより、織り交ぜて見せていく方が効果的ではないかと思った。

・一個一個のネタを観ているのでは分からないが、繋いでみて、全体を通してみると無駄な部分がよくわかる。そういったところをカットしていくことで時間が短縮され、テンポが良くなるのでは。

考えれば考えるほどドツボにハマり、面白くしようとすればするほどつまらないものになるので、簡単なDVD案を立てます。


オープニング

革命面接の映像で始まる。(革命面接とは面接官と新卒の格差が逆転している)


これが終わると様々なダ面接のシーンがダイジェストで映され、何かしらの音声が入る。


実質がんばって考えなければいけないのはここまで。


あとはタイトルを表示、ダ面接をみせるの繰り返し。面白と思ったものも微妙と思ったものもほぼすべて使う


エンディング

まじめな面接をして、帰るとトイレットペーパーが尻に挟まっている。で終わり。



このような編集を考えた意図は、視聴者に完全に丸投げすることにあります。この丸投げ具合と自分の狙いとの割合が重要なのではないかとも思いました。

「自己表現」という言葉は辞書にも乗ってない言葉であり、調べてみてもいろんな意味付けがありました。

ただ「自己を表現する」という意味にはとどまらないみたいです。だからオープニングも変えます。


というか、話が大きくなりすぎるしたかがオープニングなので、意味を深く考える必要もありません。それっぽいオープニングが作りたいので。



自己表現というのは、自分の中にある「何だかよくわからないもの」を何かの形にして外に出すことである。よくわからないものを外に出すのは、自分で自分を把握するためである。何だかよくわからないものをわかりたい時に自己表現が必要になるのだ。「私は自分のこういうところがよくわからない、わからないけど、これは私の一部です」というのが自己表現なのであって、自分がよくわかっていることを他人に伝えようとするのは自己主張である。


こういう考えもあるみたい

オープニング案のセリフを録音した。朗読というものは実に奥が深く感じた。

この朗読を流しながらダ面接の映像をダイジェスト風に流していこうと考えているが、やはりまじめな雰囲気よりは少し滑稽に作りたい。

意図は、観ている人がオープニングを感じることと、一瞬でもいいので何か考えて欲しいこと。批判でもよい、この朗読の内容は作品にあまり関係していないから。現在持っているメッセージとしては、「自己表現とは何か」ではなく、あくまで「自分を伝える面接に置いて、方法などないのではないか」である。


このメッセージは変わると思うが、このオープニングの言葉に深い意味はないことは作成するときに決めたことである。これは、今後の展開に引き込みやすくするものである。いきなり訳のわからない面接をみせられて困られるよりは、何かしらの意図を感じて観て欲しいという意図である。

オープニング映像の後のセリフ


「自己表現とは一体どのようなことなのでしょうか?少なくとも、表現することは自分であるから、自分自身だけでは成立しないことが考えられます。見られる、読まれる、聞かれる、など「自分を他人が認知すること」これを自己表現というのではないでしょうか。」

「私は、就職活動の際「面接では思いっきり自己表現してださいね!」と言われたことがあります。そうです、面接とは自己表現で競い合うことなのです。」

(タイトル)自己表現の競技「面接」   デデデーン






カットした文、一応


考えてみると、この事柄に一定のルールはなく、どんな状況であれ何かしらの形で成立してしまうことのように思えます。