JAGUAR XJR V8 Supercharged X308

 

これはフォード主催の有料試乗キャンペーン

 

ジャガーに興味を持ったのは遠い昔。成功したロックスターが旧態依然としたスポーツカー、XJ-Sをこぞって購入していたから。しかし、いざ自分で購入となると、真剣に考え始めたのは、愛犬にゴールデンレトリバーを飼い始めてからのような気がする。

 

ゴールデンレトリバーという優美な犬に魅せられ、英国文化全般への興味が芽生え、同時にジャガーやレンジローバーの購入が現実味を帯びて考えられるようになった。何となれば、それ以前はドイツ車がベストチョイスだと考えていた。

 

折しもジャガーがフォード傘下であった時期、その傘下のハーツレンタカーでジャガーがレンタルできたのは、知る人ぞ知るところであった。米国のレンタカーは新車から6ヶ月間しか使用しない。よって新車のジャガーに心ゆくまで乗ることができた訳だ。


僕はハワイで、XJ8 3.2 V8を借りたことがある。マスタングと同料金で借りられるXK-8コンバーチブルも魅力的であったが、まずは王道のセダンをと考えたのである。

 

ディラーのセールスマンを横に乗せて、都内の渋滞路をクリープで進むのとは訳が違う。街乗りはもちろん、H1(インターステイト=日本でいう高速道)、Jゲートでのシフトを駆使して早朝のタンタラスの丘へ向かうコーナーを攻めたりもした。

 

3.2LのV8はモーターのように回り、FRらしい加速感もある。コーナーで多少ロールを伴う挙動も「猫足とはこういうものか」と、3.2Lでは適切の範囲内のように感じた。何よりインテリアが心地よく、ベンツやポルシェとは全く異なる柔らかいレザーの質感はもとより、スイッチ類やシフトのタッチが繊細であった。電装系が日本製で国産車チックなのは、信頼性とのバーターか。

 

そしてこの数日間のレンタルが、自身初の英国車でもある自身初のジャガー購入を決定づけたのである。

 

このいわば「有料レンタルキャンペーン」がなかったなら、愛車遍歴がジャガーに行き着くのにはもっと時間を要したかもしれない。

 

 

僕の初ジャガー

 

さてその貴重な体験と強烈なインプレッションを元に、帰国後にすぐジャガーを検討し始めた。まず車種選定。初期型はアメ車チックだったSタイプには興味がないとして、王道のセダンXJなのか、クーペ&カブリオレのXKがいいのか。

 

実は僕の中で、ジャガーの原体験と言えるものが幼少期にあった。

 

親類が沖縄に在住しており、一定の頻度で東京に来ることがあった。当時、沖縄は日本に返還されておらず、それは外国旅行に等しいことであった。親類たちが東京に来ると、必ず羽田空港に見送りに行ったものである。そのいつかの折に、遠縁に当たる人がジャガーで都心から羽田空港を送迎し、それに同乗させてくれたのである。

 

今思えばシリーズ1か2のXJであったと思う。拙い記憶を辿ると、静かなエンジン音からは12気筒版であったように思う。背の低いセダン、茶色系のメタリック。例のボンネットのリーピングキャットのマスコットが、子供心にとても愛おしかったと記憶する。

 

当時、ノークラ(AT)といえば自分の知る範囲では、駐車しているのを覗き込んで見るアメ車位。タクシーもコラムシフトのクラウンかセドリックという時代。当然ジャガーも、ノークラだった。応接間のような本革の空間に、見たこともない艶を放ったウッドのパネルが装着され、スイッチ類はまるでスターリングシルバーの食器のように輝いていた。

 

閑話休題。

 

そんな原体験があったから、初ジャガーはセダンにということはすぐに決まった。セダンとなればシリーズ1や2の末裔であるディムラー・ダブルシックスも少し頭をよぎったが、今更DD6でも無いだろうという気持ちが勝り、ブレずにハワイでの決意を守り抜くことができた。

 

結果としてターコイズブルーの外装に、オフホワイトの内装のXJRを購入した。ウッドはメルセデスが最初に出したダークグレー系のバーズアイメイプル。BRG(ブリティッシュ・レーシンググリーン)やダークレッド、インディゴブルーにベージュやタンの内装というステレオタイプに対し、ターコイズブルー(正式名称は失念)にホワイトの内装は貴族がコート・ダジュールで避暑用に乗るベントレーやロールスロイスのカブリオレに塗られていた色だ。ここは僕なりに、外しのカジュアル感を味わいたかった。

 

XJR4.0スーパーチャージド。ただでさえ速い4.0LのV8エンジンにスパーチャージャーで加給したモンスター。今でこそ各メーカーともにセダンはモンスターマシンとディーゼルやダウンサイジングターボという二本立てラインを揃えるが、当時セダンで400馬力を超えたというクルマは、ジャガー(XJRとS type R)とAMGの他にあまり思いつかない。

 

正直、この成り立ちのクルマに過給器は不要だと思う。4.0Lも不要。ハワイで心地よかった3.2Lで十二分過ぎる。しかし、スポーティーなホイールや車高、英国流スポーティの象徴としてのメッシュグリル等、比べればXJRが欲しくなるのは、スポーツカー好きにとっては自然の理であった。

 

 

インプレッション

 

エクステリア。これぞジャガーという背の低いお尻の下がったセダン。やれ後席の頭上が狭いだの、ゴルフバッグが4つ乗らないだの煩い自動車雑誌の記事が不毛に思えるほどのインパクトと所有の満足があった。

 

「そんなに後席で楽したきゃベンツのSクラス買っとけ」。当時は本気でそう思った。そしてX308がモデルチェンジでX350となり、これらのネガを解消し、背の高いお尻の上がったXJが登場した時、これだったら購入はしなかっただろうと確信した。

 

もちろん現代のタタ・ジャガーは、全く異なるベクトルのクルマ作りを目指しているから、今となっては時代遅れのロマンということになろうが。

 

さらに無理をして「R」を手に入れた理由でもあった、Rだけのスポーティーな装備……メッシュグリル(これはベントレーであれアストンであれブリティッシュスポーツの伝統)、さりげない軽微なエアロ、大径ホイールと扁平タイヤ、そしてRのエンブレムを眺めることは、人知れず密かな笑みを浮かべるほど満足したように記憶している。

 

そしてインテリア。木と革の織り成す空間は、やはりドイツ車のそれとは大いに違った。この頃はまだドイツ車はレザーシートの車種であってもグレーやブラックのインテリアが王道で、乗車してぱっと明るいインテリアで明るい気分になれるのも、空の暗いロンドンで育った英国車故かなどと思えたものであった。


オフホワイトにダッシュボードより上はダークグレーの2トーン。オフホワイトのシートは、ジーンズでの乗車がはばかられるほど美しいものであった。

革の質感は、ジャガーの下位グレードのSタイプ・Xタイプとも、あるいはメルセデスやBMWなどのドイツ車とも違う上質感を感じたが、さりとてそれが最上のものかと問われれば、疑問が残る。このあたり、少なからずフォード傘下の影響はあったように思う。

 

そしてJゲートと呼ばれるATシフトゲートが所有の満足を増した。ロックボタンを押すこと無く前後左右に適度なテンションを感じながら滑らすようにゲートを選ぶ至福。

 

スポーティーに走るには独特の作法を要したが、Jゲートはドイツ車になったベントレーのパドルメインのシフトよりも英国車らしい優雅さがあったと思う。
 

英語でSuperchargerは過給機全般を指すが、日本では主に機械式過給機のみを指してスーパーチャージャーという場合が多い。いわゆるターボチャージャーが排ガスでタービンを回しタービンが駆動するコンプレッサーで強制吸気させパワーを得ているのに対し、クランクシャフトの動力源からベルトでコンプレッサーを直接駆動するのが機械式過給機。

 

ジャガーのRは歴代、伝統のイートン社製ルーツブロア型の機械式過給機を採用している。英国車は初代BMW MINIのCooper S(R53)等、スーパーチャージャーが好まれる傾向にあるように思う。後にメルセデスもグレードにKompressor(コンプレッサー)を冠し、スーパーチャージャーを採用するようになった訳だが、それは実用面の意味合いが強いと思われる。

 

スーチャは加速すると、ウイーーーーンと静かな室内にまで唸り音が轟く。ジャガーのそれはR53の比ではなく、運転者は加速感を認識するが、ターボのような暴力的な加速ではなく、どちらかというと航空機を彷彿とさせるようなジェントルで、しかし気づくと尋常ではない速度が乗っていることになる感覚だ。

 

タイヤのロードノイズや風切り音、あるいは排気音は全く感じないが、スーチャの唸りや高回転域でのカムの音は容赦なく飛び込んでくる。そんな演出だったように思う。

 

オーディオは純正で日本のアルパインが採用され、スピーカーグリルにはアルパインの文字があり、ジャガーマークの6連装CDチェンジャーも最初から付属し、そこそこの音を出していたように思う。

 

所有の間、故障らしい故障は全く無かった。唯一エアコン操作パネルのバックライト電球が切れたことくらいと記憶する。X300からエアコンを含む電装系も日本デンソー製のパーツとなり信頼性はXJ40に比べ大きく増した印象のジャガーであるが、反面スイッチ類もアメ車風=国産上級車風のビジネスライクなつまらないものになってしまったようにも思う。

 

 

モディファイ

 

僕は、今も昔も、クルマのオリジナリティにはさほどこだわらない、気に入らない部分はモディファイ・チューニングする主義だ。

 

しかしこのXJRに関しては、何もモディファイをしなかった。どんなクルマでも最低限ホイールやマフラーは変える主義を、人生で初めて封印したように思う。

 

不満がなかったわけではない。例えば足回り。強大なパワーにおいては明らかにバネレート不足で、本気のコーナリングはできない。この当時のフォード物ジャガーのRがノーマルでは、直線番長に甘んじていた理由でもある。しかし……。

 

猫足といえばジャガー。昔のプジョーも双璧と言われるが、僕の中では猫足とはジャガーに冠された表現である。しなやかに、しなるように路面をトレースする。当時はそれがとてもジャガーらしいと感じていたため手を付けなかったのだ。

 

足周りに手を入れないとなると、当然、車高もノーマルのママ。車高短ツライチ好きとしては少々寂しいことだが、なぜかこのジャガーではそうは感じなかったのである。

 

排気音は全く以てして物足りなかった。これは手を入れても良かったが、なぜか足回りも含め「R」のノーマルに当時はこだわっていた。

 

ジャガーが重低音のマフラーに硬い足回りを装着するようになったのは、第2世代のKXからであると思うが、隔世の感がある。

 

インテリアに関してはもはや何のモディファイの必要も感じなかったが、ステアリングホイールをウッドパネルと同じウッドリムの純正品に交換した。伝統の京浜島工場に依頼したように思う。

 

オーディオは純正がアルパイン製でそこそこの音を奏でていたし、DINサイズではないため手を付けなかったが、オンダッシュにナビゲーションは装着した。

 

なお購入時に純正オプションであった、ボンネットマスコット(リーピングキャット)は装着した。ここは自分がジャガーを購入した経緯からも、外せないポイントであった。

 

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今、このクルマを所有しているとしたら、排気系はエキマニからリアマフラーまで徹底的にいじり音質を追求、足回りはビルシュタインのショックとどこぞのメーカーのサスペンションで徹底的に追い込むと思う。何となればスーチャのプーリーにも手を入れて、出力も上げる。

 

「それじゃジャガーの猫足が台無しだ」とうるさ方は言うかもしれないが、新世代のXFやF Typeに乗れば、もはや猫足など過去の遺物だということに気づくと思う。

 

XKやF Typeは、排気音だって、これノーマルですか?というほどの低音を轟かすのだ。

 

3.2V8のキャラなら猫足の方がいい。しかし車種を問わずジャガーの「R」であればエレガントな風貌の走り系を目指しプアマンズ・ベントレー、否、ライト感覚のベントレーとして乗りたいと思う。

 

そしてジャガー病が膏肓に入ると、本物のベントレーに興味が湧くことになる……。